フェイク情報を信じる本能
レプリコンワクチンに対する誤解が急速に拡大した理由は少なくとも3つある。第1は人間が持つ危険重視の本能であり、危険説と安全説があったときには危険説を信じることで自己の安全を守る。レプリコンワクチンのように新しいものや正体がよく分からないものには不安を感じて避けるのもまた危険回避の本能である(唐木英明、 小島正美 (著)『フェイクを見抜く「危険」情報の読み解き方』ウェッジ)。
とくにDNAやRNAなど遺伝子関係の用語はよく分からないだけでなく、気持ちが悪いと感じる人もいる。遺伝子組換え食品について「遺伝子が入っているから食べたくない」という意見を何人もの消費者から聞いた。mRNAワクチンに対しても同様の拒否感があるのかもしれない。
第2は直感で判断するという人間の特性である。レプリコンワクチンの安全性を判断するためには、少なくともDNAとmRNA、ウイルス表面のスパイクタンパク質、エクソゾーム、シェディング、転写と逆転写などの用語を理解する必要があり、安全を直感で判断することはできない。
他方、危険論者の「このワクチンは危険だから日本以外では承認されていない」、「このワクチンは自己複製型だから永遠に増え続ける」、「接種者から非接種者にワクチンが感染(シェディング)する」などの主張は分かりやすく、危機感に強く訴えるので信じられやすい。判断できないときには、「多くの人が信じていることは正しい」と思う本能もある。こうして、SNSの情報のほとんどが危険論であり、安全論が極めて少ないことは、個人の判断に非常に大きな影響を与える。
第3は、信頼できる人の意見を受け入れるが、信頼できない人の意見は拒否するという本能だ。安全を主張するワクチン販売企業や厚生労働省への信頼度は、危険を主張する学会やSNSよりずっと低いのだろう。こうして多くの人が危険情報を信じて、国民的誤解ができつつある。
ワクチンへの不安
レプリコンワクチンに反対する理由は3つに分類できる。1番目は昔からある根強いワクチン一般に対する不安、2番目は新たに出てきたmRNAワクチンに対する不安、3番目がさらに新しいレプリコンワクチンに対する不安である。
ワクチンに対する不安の原因はもちろん副反応である。どんなワクチンにもある副反応というデメリットと、感染防止というメリットをはかりにかけて、メリットが大きい場合だけ利用するのが原則だ。しかしそこに付きまとうのが、接種した人の実感の違いという問題である。
ほとんどのワクチンは健康な人が予防のために接種する。副反応が出た人は自身でそれを明確に認識して、被害者として声を上げる。他方、感染しなかった人は、それがワクチンのおかげなのか、接種しなくても感染しなかったのか分からない。だからワクチンの効果を確信を持って主張する人はほとんどいない。
その結果、巷に流れるのは被害者の声だけになり、ワクチン反対論が強くなる。これはすべてのワクチンに共通する問題であり、「ワクチンの悲劇」と呼んでいる。
次はmRNAワクチンへの不安だ。生物の遺伝情報を記録するDNAから、タンパク質を作る情報をコピーしたものがmRNAだ。この仕組みを利用して、スパイクタンパク質を作るmRNAを新型コロナワクチンとして実用化したのだ。
その技術開発に功績があったカリコ博士とワイスマン博士が23年のノーベル生理学・医学賞を受賞したことは記憶に新しい。ところがmRNAワクチンに対する偽情報はモデルナワクチンの接種が始まったときから流された。例えば不妊を引き起こす、ワクチン接種者が未接種者に病気を伝染させる、マイクロチップが埋め込まれていて摂取した人を追跡し管理するなどの陰謀論である。
mRNAワクチンは接種した人のDNAを変化させて恐ろしい健康被害を起こすなどのフェイク情報もあった。DNAは細胞内の核に含まれるが、mRNAワクチンは核に入ることはない。だからDNAを変化させることはないという基本的な知識が広がっていないためだろう。