2024年11月22日(金)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2024年10月22日

 それでは今後の接種は誰が受けるのだろうか。公費による希望者全員接種は3月で終了し、10月から新しい方式が始まった。それが定期接種(B類)である。

 対象は65歳以上の高齢者と、60~64歳で心臓、腎臓または呼吸器の機能に障害があり、身の回りの生活が極度に制限される人などである。さらにワクチンの効果と副反応を理解のうえ、自分の意思と責任で接種を希望する人に限る。

 主に子どもが受ける定期予防接種A類と異なり、積極的な接種勧奨は行っていない。新型コロナワクチンの接種費用は高額で1万5300円だが、8300円を国が負担し、残りの7000円を自治体と接種を受ける人が負担する。自己負担額は地域に異なるが、筆者の居住地区では2500円である。

 定期接種対象外の65歳以下の人が希望する場合は、1万5300円を全額自己負担すれば接種できる。しかしワクチンの効果と副反応を理解したうえで、高額の料金を支払って接種する人はどれだけいるだろうか。

日本看護倫理学会の責任

 今回の出来事で筆者は日本看護倫理学会の名前を初めて知った。日本看護系大学協議会に所属しているが、主要な学会が参加する日本学術会議協力学術研究団体には所属していない。その学会が明らかなフェイク情報を緊急声明として理事長名で発信した意図は理解できないが、理解できることはその判断の根拠がお粗末であることだ。

 マッキンタイアは科学否定論者に共通する特徴について述べている。それは、①都合がいい証拠だけを取り上げる、②陰謀論への傾倒、③偽物の専門家への依存、④非論理的な推論などである(リー・マッキンタイア (著)『エビデンスを嫌う人たち: 科学否定論者は何を考え、どう説得できるのか? 』国書刊行会)。

 日本看護倫理学会の、レプリコンワクチンは日本以外の国で承認されていないのは安全性に問題がある、ワクチン自体が接種者から非接種者に感染(シェディング)する、ワクチンがヒトのDNAを変化させるという主張は非論理的な推論そのものであるとともに、都合がいい証拠だけを取り上げ、偽物の専門家に依存している。さらに声明全体からは「国は国民の健康より企業の収益を重視している」という陰謀論の影を感じるのは筆者だけだろうか。

 緊急声明に対して学会には多くの批判の声が届いているようだが、なかには事務局や理事会メンバーに危害を加える内容のメッセージがあったとして学会は理事名簿を非公開にした。フェイク情報を流して社会に混乱を起こした学会の責任は大きいが、それはあくまで冷静な議論で解決すべき問題であり、過激な行動で得るものは何もない。

 最も重要なことは学会が理事の名前を隠すことではなく、説明責任を果たすことである。極めて残念なことに、この原稿を書いている10月20日の時点で、学会は多くの批判に対して一切答えていない。

騒動を乗り越えて

 10月1日から高齢者の定期接種が始まった。筆者は国産ワクチン応援のためにレプリコンワクチンを接種しようと考えて、医療機関合計10カ所に問い合わせたところ、すべてがファイザーワクチンだけで、レプリコンワクチンを取り扱う予定はないという。その理由は尋ねなかったが、容易に想像できる。

 Meiji Seikaファルマの小林大吉郎社長は、レプリコンワクチンを導入した医療機関に対して誹謗中傷や脅迫が寄せられ、ワクチンの供給に支障が出ていることを明らかにした。そして批判を繰り返す団体を名誉毀損で提訴する方針を示した。

 22年11月時点で、各社のワクチンの市場占有率はファイザーが76.62%、モデルナが23.28%、武田が0.07%だった。この状況は現在も大きくは変わっていないだろう。

 ファイザーとモデルナの2種類で全体の99.9%を占めるということは、この2つがブランド化していることを示す。これに加えて、ワクチン接種者の数が急速に減っている。これだけでも新たに開発された国産ワクチンの前途は厳しいところを、レプリコンワクチンはいわれのないフェイク情報のためにさらに厳しい状況に追い込まれている。

 そんな中で、モデルナ社が神奈川県藤沢市にmRNAワクチンなどの製造拠点を設置して、感染症の大流行が起きた際には迅速に対応する方針を発表した。新型コロナが突然起こったように、次の感染症がいつかは必ずやってくる。

 その時のために、ワクチンを迅速に開発して供給する体制が必要だが、それを海外企業に任せるのではなく、国内企業が行うべきことは新型コロナ騒動の大きな教訓である。そのためにも、無責任なフェイク情報に惑わされることなく、国産ワクチンの普及にぜひ協力していただきたい。

編集部からのお知らせ:本連載で扱う、科学とリスクの問題については、書籍『フェイクを見抜く「危険」情報の読み解き方』で、さまざまな事例を挙げながら分かりやすく解説しております。詳しくはこちら
 
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