パッと見は平和そのものだが…
筆者が4月に訪れたモルドバでは、美しい国土に新緑が萌え、とても牧歌的な雰囲気であった。パッと見、戦争が迫っているようには、とても思えなかった。
しかし、現地でさまざまな人の話を聞くと、今すぐにではないにしても、いずれロシアがモルドバにも触手を伸ばしてくることは確実だという意見が多かった。
もっとも、プーチン・ロシアが初手でいきなり軍事侵攻に踏み切ることはないかもしれない。後述のとおり、今年10月にモルドバ大統領選と国民投票があるので、まずはそれに情報戦や買収工作で介入して、モルドバの親欧米路線を頓挫させようとするのが、手始めとなろう。選挙介入や政権転覆などがひとしきり試みられた後、最後の手段として軍事侵攻というオプションがあるのではないか。
また、後述のとおりモルドバには、沿ドニエストル共和国、ガガウズ自治区という親ロシア地域が存在する。ロシアがモルドバに魔手を伸ばす場合に、そうした親ロシア地域だけを対象にするのか、あるいはモルドバ全体を狙うのかでも、事態は大きく違ってくる。
現時点では、ロシアはウクライナ侵攻に全力投球しており、モルドバに兵力を回す余裕はない。また、モルドバはロシアと国境を接しておらず、海にも面していない内陸国であるため、ウクライナが防壁となりロシアから守られた形になっている。ロシアがモルドバで戦端を開こうとしても、現状では地理的にほぼ不可能な状態だ。
逆に言うと、もし仮に今後ロシアがウクライナ南部で占領地を広げ、オデーサ州までも支配下に置いたような場合には、モルドバは一気に、ロシアの軍事的脅威に直接さらされることになる。そうなれば、軍事力の弱いモルドバは、まず持たないのではないか。ウクライナでの戦争の帰趨が、モルドバの運命を決定付けると言って、過言でない。
ウクライナの場合、ロシアによる侵攻開始直後にゼレンスキー大統領が、「私はここにいる、側近たちも皆ここにいる」とアピールする動画を発信し、最高指導者のそうしたリーダーシップが発揮されたからこそ国民は団結してロシアの侵略に立ち向かった。一方、モルドバのサンドゥ大統領は、筆者がこよなく敬愛する女性政治家だが、戦時指導者としての資質は未知数だ。もっと言えば、ウクライナと異なりモルドバには軍事的に抵抗できる可能性が乏しいとなると、サンドゥ大統領は国外退避を選択するかもしれない。