沿ドニエストルよりも不穏なガガウズ
モルドバが、沿ドニエストル問題という難問を抱えていることは、比較的知られているであろう。これは、ロシア語系住民の多いモルドバ領東部のドニエストル川左岸地区が、ソ連末期の1990年にモルドバからの分離と「沿ドニエストル・モルドバ共和国」の樹立を宣言し、ロシアの支援を受け今日に至るまでモルドバ中央政府の支配の及ばない地域として生き残っているものだ。
ただし、沿ドニエストルでは近年、「シェリフ」というマフィアまがいの企業グループが膨張し、政治・経済を牛耳っている。かつてはモルドバから独立しロシアに編入されたいと本気で考えていた節もあったが、今日では既得権益の維持に汲々とする現状維持勢力と化している。
4月のモルドバ訪問で、筆者は沿ドニエストル共和国の首都ティラスポリも訪れてみたが、マフィアのシマとして独特の掟はあるものの、モルドバ本土とはすっかり共存している様子であった。
現状ではむしろ、沿ドニエストルよりも、ガガウズ自治区をめぐる情勢の方が、不穏かもしれない。ガガウズ人はトルコ系でありながらロシア正教を信奉するというユニークな少数民族であり、彼らも一時はモルドバからの分離を試みたが、結局はそれを断念し、1995年にガガウズ自治区としてモルドバに留まることを決めたものである。最近、そのガガウズがとみにきな臭くなっているのだ。
2023年5月のガガウズ首長選挙で、ロシア当局はカネをばら撒いて大々的な介入を行い、無名だったグツル女史を当選させた。24年3月には、ロシアのプーチン大統領がこれ見よがしにグツル首長と対面している。
沿ドニエストル共和国のクラスノセリスキー大統領が16年の就任以来、一度もプーチンと会えていないことを思うと、クレムリンのグツル氏に対する厚遇振りが際立つ。上述の野党ブロック「パベーダ」の結成大会にも、グツル氏は馳せ参じた。
モルドバの法律によれば、本来、大統領はガガウズ首長をモルドバ閣僚に任命しなければならない。しかし、クレムリンのエージェントたるグツル氏を閣僚に任命したら、モルドバ閣議の模様がロシアに筒抜けになってしまうので、サンドゥ大統領は法律に反して任命を拒否している。
ガガウズにしても、現時点での沿ドニエストルにしても、それ自体で国が自壊してしまうほどの解決困難な問題ではない。ところが、ウクライナの例でも明らかなように、近隣国の国民統合に亀裂が生じかけると、ここぞとばかりにロシアがそれに付け入るのである。