現在、TSMCは米国のアリゾナ州フェニックスに半導体製造工場を有している。その誘致にあたっては「WHY、アリゾナ?」との声が最初から多かった。半導体産業の集積は当然、米国西海岸に集中している。TSMCの顧客も同様だ。
アリゾナ州は、共和党と民主党が拮抗する激戦区エリアで、トランプ氏にとってはぜひ取りたい重点州の一つだった。進出地の決定をめぐり、政治的思惑があると見られたのも無理はない。進出を決めてからも、現地当局や労働組合とも調整に手間取り、建設準備は大幅に遅れ、生産開始は進出が後から決まった日本・熊本工場よりも遅くなった。
TSMCでは今年、マーク・リュウ会長が交代したが、米国工場の進出をめぐって創業者・モリス・チャン前会長の不興を買ったとの見方も流れている。米アリゾナ工場の工事開始のセレモニーに参加したチャン氏は「自由貿易は死んだ」と語り、半ば無理やりTSMCを引っ張ってきた米国への不満を滲ませた。
どうなる?トランプのそろばん勘定
このトランプの発言について、台湾では「選挙言語」だとして、本気の公約ではないとする見方もある。また、台湾の半導体が米国のインテルなどを大きくリードしているのは事実だが、TSMCに半導体製造を依存しているのもAppleやエヌビディアなどの米国企業であり、もし米国がTSMCの製品に「保護費」として高い関税を掛けたとしても逆に被害を被るのは高い半導体を買わされる米国企業だとの意見も台湾では聞かれる。
確かに3−5ナノの高微細の先端半導体製造については、TSMCなど台湾勢の独壇場にあり、米国としても当面は台湾に頼る以外の選択肢はない。さらに今のAI(人工知能)領域での競争が激しさを増すなか、TSMCの半導体抜きにはAIの開発でリードすることは難しい。台湾半導体を叩くことは現実的に難しいとの楽観的な見方を、現在の頼清徳政権側はできるだけアピールする。
ただ、これまでとは異なる環境になることは確実で、台湾の元外交部長で台湾貿易センターの黄志芳理事長は先週のシンポジウムで「台湾は長くグローバリゼーションの利益を享受し発展してきたが、トランプ氏はそのグローバリゼーションを敵対視している。米国は製造業の復活を目指すはずで、台湾には厳しい時代になる」と警告を発した。
台湾メディアでも広がる悲観論
トランプ勝利が決まった直後、頼清徳総統は緊急の幹部会議を開いた。参加したのは、国防部、外交部、大陸委員会、経済部、国家安全会議など台湾の外交・安全保障・国際経済を担当する面々で、長時間にわたって情勢分析が行われたという。
そのなかではまずはトランプ政権の人事を見ながら、その政策を観察するべきだとの結論に落ち着いた。会議のなかでは、もともと米中の貿易戦争や対中デカップリングはトランプ第一期政権後半に始まったもので、必ずしもトランプ氏が台湾に非友好的というわけではないことが論じられた。蔡英文総統(当時)との異例の電話会議を受け入れるなど、従来の米国の対中国・台湾外交のルールなどを気にしない予想外の行動が台湾にプラスに働いた面もあった。
今回、台湾政府は早速動いた。日本や欧米のように、首脳同士がすぐに電話というわけにはいかない。前回の蔡英文のケースはあくまでも特例で、その後、大きな議論を巻き起こし、批判も受けた。