避けられない「司法の弱体化」
「トランプ1.0」においてトランプは、16年米大統領選挙で、早い時期から自分を応援したジェフ・セッションズ氏を司法長官に指名したが、セッションズはロシアの2016年米大統領選挙介入に関する司法省の調査を阻止しなかった。それに対して、トランプはセッションズを解雇した。
セッションズの後継者として司法長官になったウィリアム・バー氏は、20年米大統領選挙で不正はなかったと、選挙後の議会で証言を行った。トランプは2人の司法長官が自分に忠誠心がなかったとみているのは確かだ。
その教訓からトランプは、自身の弁護士を司法省のトップとナンバー2に指名して、「トランプ2.0」では独立機関であるはずの司法省を自分の支配下に置こうとしている。
一方、極右の弁護士パテルもトランプ信奉者の1人であり、米連邦捜査局(FBI)の解体論者でもある。パテルは著書『政府のギャングスターズ』の中で、現政府の中に存在する「闇の政府」に触れ、そのメンバー60人を実名で挙げた。ボンディとパテルは、トランプの意向を汲んで、チェイニーや、スミスと彼のチームメンバーの責任を徹底的に追及するだろう。
ちなみに、バイデンは退任前に、チェイニーなどに「予防的恩赦」を出すことを検討していると米メディアは報じた。
トランプの個人的な恨みに対する報復を実行に移すのが、ボンディやパテルである。率直に言ってしまえば、彼らはトランプの自己愛を満たすための「チェスの駒」なのだ。
また、ボンディとパテルは、司法省とFBIをトランプに忠誠心が強い職員で固めるかもしれない。そうなれば、職員が自分の発言や行動がトランプに対する「忠誠心ファースト」に沿ったものなのか、常に「自己検閲(self-censorship)」をする可能性が高い。さらに進んで、忠誠心に基づいて意思決定をするようになれば、司法の弱体化は回避できない。
反トランプのメディアへの報復
2024年米大統領選挙が終わると、トランプは新たなキャンペーンを開始した。自分を批判するメディアへの報復である。
トランプは米ABCニュースに対して、名誉棄損を理由に訴訟を起こし、同局が1500万ドル(約23億円、1ドル157円で換算)を支払うことで和解したと米メディアが報じた。雑誌コラムニストE・ジーン・キャロル氏に対する性的暴行に関して、陪審がトランプのレイプに関する責任を認めなかったのにも拘わらず、ABCニュースの看板キャスターであるジョージ・ステファノプロス氏が、トランプに「レイプの責任がある」と認定したと報道したからである。
さらに、トランプは中西部アイオワ州の地元有力紙デモイン・レジスターと世論調査の専門家に対して、損害賠償を求める裁判を起こした。24年米大統領選挙の投開票日直前に実施された世論調査の結果に関して、「選挙妨害」と主張したのだ。
この世論調査では、共和党が強い同州でハリスがトランプを3ポイントリードしている結果が出た。しかし、最終的にはトランプが、同州で13ポイント差をつけて勝利したからだ。トランプは、この世論調査を民主党リベラル派による意図的な操作とみなしたのだ。
「民主主義後退」の予兆
トランプのこれらの一連の行動には、「トランプ2.0」でメディアに自分を批判させないために、就任前の段階から圧力と脅しをかけて、最終的に第4の権力と言われるメディアの「牙」を抜く狙いがあると言える。この状況を見て、各テレビ局のキャスターや世論調査の専門家の中には、トランプについて批判的な意見の表明を差し控えたり、彼に否定的な世論調査結果を公表することに対して心理的にブレーキがかかり、公表を躊躇する者が出てくるかもしれない。彼らは委縮してしまい、自分がトランプの逆鱗に触れるような言動をしていないのか、ここでも「自己検閲」をするようになるかもしれない。
そうなれば、トランプを称賛するコメントで溢れ、彼に好都合な数字を並べた世論調査結果のみが公表されるという現実離れした事態が展開する危険がある。キャスターの中には、トランプに有利になるような「虚偽」を「真実」のように語る者が増えるだろう。彼等やテレビ局は、トランプによって名誉棄損や選挙妨害で訴えられるリスクが低下するからだ。
上記のような誤った判断を繰り返すと、権力をチェックするはずのメディアが機能しなくなり、米国の民主主義は徐々に後退していく。「トランプ2.0」には、常にこのような危険が伴っており、すでにその予兆が見られる。