2025年2月7日(金)

Wedge REPORT

2025年2月4日

 日本の経済成長をめぐり、働き方改革に対する正反対の姿勢がぶつかりあっている。それが、労働時間規制をめぐる現在の難局だ。

「5年の猶予」の間に起こったこと

 しかし猶予期間を得たとしても、いつかは新しい労働規制に合わせた働き方にスイッチしなければならない。医療や建設業界ではこの5年間、ただ手をこまねいていたのだろうか?

 企業・団体に働き方改革のコンサルティングを行う小室氏の元には、23年、建設業界からの依頼が殺到したそうだ。

 「23年から働き方改革に着手したクライアントの中には、19年から23年の間に、任期満了での経営者が交代したケースもありました。つまり前任の経営者が『次の経営者の代で働き方改革をしたらいい』と、対応を先送りしたのです」

 この経験から小室氏は、労働法制改革の導入に猶予期間を設けることは”リスク”であるとはっきり認識したという。

 「施行を猶予する場合も必ず法律の付帯決議などで『1年ごとの目標を定める』『期限まで毎年の変化を観察・報告する』など、先送りを予防する仕組みを追加することが不可欠です」

 また経営者の中でも、キャリアの長いオーナー経営者は過去の成功体験が強い分、働き方に関して硬直的な姿勢を変えられないさまが多見された。一方、同じオーナー経営者でも代替わりをしたばかりの社長は、自ら働き方改革コンサルティング講座を受講するなど、高い意識で取り組む人もあった。同じ業界や中小企業の間でも、この5年の過ごし方で、労働環境の改善と人材確保の点で大きく差が開いているのだ。

 「これらの若手社長たちは子育て世代で、自分も育児する父親として、新しい働き方を必要としていました。この点は、なぜ日本という国が少子化を改善できないまま今日まで来てしまったのか、にも重なるところがあります。永田町・霞が関で政治を動かしているのは、育児や家事の責任を配偶者に押し付けて、自分だけは仕事に全振りしてきた人々ばかり。そういう全振り体制を作れる人ばかりが生き残れる仕組みを温存してきたのです。生活事情を担う当事者がほとんどいない場で、少子化という、生活に関わる重要な意思決定がされてきたのですから」

 実際に深夜労働や長時間労働を改善した企業では、従業員の子どもの数が1.8倍になった(リクルート・スタッフィング)、社内の出生率が4.5倍になった(サカタ製作所)、などの例が出ている。働き方改革は労働経済だけではなく、少子化にも大きく関わっているのだ。

「希望する人だけがより多く働けるように」の落とし穴

 今の日本で労働規制の緩和に進む道は、人手不足や少子化を悪化させるリスクをはらんでいる。が、緩和論ではそのリスクは示されず、「希望している人がより多く働けるように」「画一的な規制ではなく、労使の話し合いで個別に決められるように」という、ポジティブなトーンで語られる。

 自民党総裁選の公約で見られたのもこの論法で、仕事を愛するビジネスパーソンには魅力的に響くフレーズだ。働き方改革を早めに進めてきた大企業や、少数精鋭で回すベンチャー企業などでは、むしろこの緩和論には何の問題もなく歓迎、と感じる人も少なくないだろう。

 しかし、この論法には落とし穴がある。キーワードは「退出オプション」と「ピア効果」だ。

 「退出オプション」とは転職のしやすさを指し、シカゴ大学の山口一男教授が日本の労働市場の課題の一つとして指摘している。日本は中途採用市場が未発達で、かつ長期勤続によって待遇や保障が大きく変わる雇用構造がある。そのため転職のコストがかなり高く、退出オプションがほぼ”ない”状態と言える。

 退出オプションがない状態だと、労働者個人に交渉力が無く、際限なく組織の期待に自分を併せていく生き方を選択せざるを得ない状態となる。そこで「希望している人だけ多く働けるように」という考え方が広がると、経営者に都合のいい長時間労働をする人が高評価を受けるようになり、その働き方を望まない人も、長時間労働せざるを得なくなる。

 この1月に公表された「労働基準関係法制研究会報告書」でも「長時間の時間外労働に対応する労働者こそが会社の中核的なメンバーであり、そうでない者は周縁的なメンバーであるという考え方・空気感が今なお存在する面は否めない」と指摘されている。


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