2025年2月7日(金)

Wedge REPORT

2025年2月4日

 こうした環境下で起きてしまうのが、もう一つのキーワードである「負のピア効果」だ。慶應義塾大学の山本勲教授の調査では、日本のグローバル企業で長時間労働していた人達が、ヨーロッパに転勤すると、労働時間が減ったことを明らかにしている。その要因として、日本では仕事が終わっても同僚が残業していると帰りにくい職場風土が、ヨーロッパで減ったことにあるという。

 19年以前の日本では、まさにこの長時間労働の「負のピア効果」が常態化して、若い世代までが過労死に至る社会問題になっていた。広告会社・電通に務め、入社1年目から月105時間に上る時間外労働をした末に亡くなった高橋まつりさんの悲劇は、記憶にある読者も多いだろう。

 働き方改革関連法施行前の日本では、定時勤務の範囲内では到底無理な業務量や営業目標を掲げ、問答無用のマンパワーでそれを達成するやり方が横行していた。19年の規制を受けて初めて、業務量と人員のバランスから労務管理をする必要が全国的に示され、文字通り「働き方の改革」が起こった。

 この経緯を踏まえると、「希望する人だけがより多く働けるように」の美辞麗句は、取り扱いにかなりの注意を要する論法だと理解できるだろう。

知っておくべき労働時間規制の二つのターム

 14年から政府の働き方改革関連会議で民間議員を務め、議論の最前線に立っていた小室氏は、19年の労働基準法改正までの道のりを「血みどろで勝ち取った改革」と表現する。そしてその改革も道半ばで、日本にはいまだ、働く人の心身の健康を脅かす仕組みが残っているという。

 「3000社以上の企業の働き方改革コンサルティングを担ってきて、日本の経営者の方々は優れた方ばかり、と実感しています。皆さん、今の労働法制と経済・社会の状況で最適解を見出し、いかに業績を上げるかと尽力されている。そこで”家庭を顧みない長時間労働の働き方が最適解”と考えられてしまうのは、労働法制に問題があるからです」

 そのうち現在、強く改善が求められる制度として小室氏は、「割増賃金」と「勤務間インターバル」の二つを挙げる。

 日本は法に定める残業の際の賃金上乗せ率は25%と、他の先進国の50%より格段に低い。「均衡割増賃金率」という指標があり、割増賃金が25%であれば、少ない人員に長時間労働をさせたほうがいいという経営者が判断する仕組みとなってしまっている。

 割増率が50%の他の先進諸国では、長時間労働の維持よりも雇用人員を増やした方が、経営合理性にかなうようになっているという。日本も時間外割増率を上げることで長時間労働を緩和できる余地はあるが、「中小企業が適切な人員配置へとスムーズに転換できるような支援策を講じるのが重要」という。

 もう一つの「勤務間インターバル」は就業から始業まで11時間の休養時間を空ける制度である。成人の健康維持に必要な7時間睡眠を確保するためのもので、過労死やうつなどを予防できることが分かっている。

 19年から「努力義務」となっているが、導入している企業はまだ6%と少ない(厚生労働省「令和5年就労条件総合調査」)。ただ、「導入予定はなく、検討もしていない」と81.5%の企業が回答した中で、半分以上が「超過勤務の機会が少なく、当該制度を導入する必要性を感じないため」との理由を選んでいる。多くの企業が実質的に勤務間インターバルを設けられている状態にありそうだ。

 それでも日本全国ではまだ過労死レベルの働き方が残っており、できる限り早急に義務化することで、命を救う必要がある、と小室氏は強調する。

 勤務間インターバルを現在の「努力義務」から「義務」にする意味は、自主的に11時間の休養を確保するのが難しい業界・人々にある。全業種で「命を守るインターバル」と理解されねばならない。

 「労働基準法による労働時間規制は、一番ひどい労働環境の最低ラインを守るものです。先進諸国では基本の労働法で勤務間インターバルの義務化や、時間外割増率1.5倍をしっかりと規制しているからこそ、特例措置として希望する働き方を自立して選べるごく一部のエリートやホワイトカラーの人々をあくまで例外として扱い、別枠の規制を設ける”ホワイトカラー・エグゼンプション”が導入できています。日本でもこうした特例措置を広げたいという経済界の意向が強いですが、そのためにもまずは、他の先進国と同じレベルで一般の労働者を守る仕組みを導入しておく必要があります」


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