2025年3月18日(火)

日本人なら知っておきたい近現代史の焦点

2025年3月17日

トランプ大統領に重要視されているかを重視

 ではなぜバンスはミュンヘン安全保障会議やゼレンスキー大統領との首脳会談においてあのような人の心をざわつかせるような発言に及んだのであろうか。自らの生い立ちを綴った回想録『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』において示しているように、バンスは極めて厳しい生い立ちからのし上がってきた人物である。そのためには、恵まれた境遇に生まれ育った人たちと比べて、力のある人物に気に入られる努力が必要であっただろう。バンスは頭が良く、風を読むのにたけていた。

 ミュンヘンでの発言も、欧州が安全保障を米国に頼りすぎており、もっと欧州の負担を増やすべきだというのは、まさにトランプの持論である。移民や言論の自由についての発言は、ドイツやイギリスの例を挙げているものの、そのまま米国内に当てはまり、米国内のトランプ支持派に響く内容である。彼の視線は、その場にいた欧州指導者たちを超えて、米国内の支持者に向けられていたのかもしれない。

 ホワイトハウスでのゼレンスキーへの発言にしても、トランプ大統領に失礼だろうとかお礼をもっと言え、感謝しろと、親分が言いにくいことを横で言う子分という構図が透けて見える。親分は自分で俺に感謝しろとはかっこ悪くて言えないが、子分が言ってくれれば、まあまあと鷹揚に構えられるというよくある構図である。まさに「咬ませ犬」的役割を自ら演じているように見えなくもない。

 ホワイトハウス内では常に誰が大統領に一番重要視されているかという権力闘争が行われている。一日に誰が何回大統領と会ったかなどということが真剣に観察されているのである。

 トランプ政権ではいまのところイーロン・マスク氏の存在感が際立っている。外国生まれのマスクに大統領になる資格はないとはいえ、マスクに押され気味のバンスは、起死回生を狙っていたのかもしれない。

 そのような見地に立てば、バンスはトランプ後を見据えて、トランプ支持の人々に向けて発言をしつつ、マスクの失脚を待っているとも推察できる。バンスには、トランプの票田であるラストベルトの人々の心を、ニューヨークの豊かな不動産会社経営者の子息であるトランプよりも、つかむのにたけているという自負があるだろう。なにしろ自身がそこ出身なのだから。

 バンスのような恵まれない境遇から努力でのし上がった人物のことを米国社会は大好きである。リンカーンの丸太小屋からホワイトハウスへといった物語や貧しい移民から米国一の大金持ちになったカーネギーはいまでも尊敬されている。ただ、それは偉くなったからという理由だけではなく、なったあと、リンカーンは、奴隷を解放するなど国のためにつくし、カーネギーは国全体をよくするために莫大な寄付を行ったこととセットである。

 心配なのは、バンスが、恵まれない人たちに優しくしようというリベラルな考えを持たず、過去に自分が属していた貧しい層に対しては厳しい考えを持っているように見える点である。結婚相手はインド系の移民2世であるが、移民政策においても極めて厳しい。


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