2025年12月5日(金)

「教えない」から学びが育つ

2025年4月9日

山本:そうなんです。僕の「教えない授業」を見学された方から、「生徒はビジーだけど、先生はゆったりしているんですね」と言われることがあります。それを見て、「先生が教えてくれない」と不安になってしまう親御さんもいらっしゃいます。

 今、世界でもっとも難しいと言われている大学にミネルヴァ大学(2014年設立のアメリカの大学。特定のキャンパスを所有せず大学4年間で学生は7都市で生活する)があります。授業は学生同士のディスカッションを中心に進行します。そのため、90分間の授業中、教員が話せる時間は合計10分と定められていて、それを超えると警告音が鳴ると聞きます。

 原監督がおっしゃった「軸」というのは、教育における「学び方」だと思うんです。これまでの子どもたちは、課題を与えられてこなし、次々にテストを受けさせられていただけで、学び方を知らなかった。でも本来は逆であるべきです。例えば、テストで良い点を取りたいなら、そこを目標設定として逆算し、やり方を学ぶ必要があります。ミネルヴァ大学では、まず「軸」を整えるところから始めている。僕はもともと英語の教員ですから、第二言語習得理論に基づいた「学び方」を生徒に体験を通して手に入れてもらうことから始めます。そうすると、生徒は自分で勉強できるようになります。その上で、生徒自身に目標設定をさせ、自由に学ばせることが非常に大事なんです。

「軸」を育てる指導
青学陸上部の挑戦と教育界への示唆

山本:原監督は青学の監督に就任した当初はどのように「軸」を構築されたのですか?

:今から21年前、私は現在の青学の陸上部監督に就いた当初から自律型の指導者だったわけではないんです。むしろ、どちらかと言えば君臨型で、1から10まですべて教え込んでいました。それこそ最初の8年間は、選手が夜中に抜け出したり、飲酒の問題が起きたりしたこともありました。そうした問題が起きた時には、事あるごとに全員を招集してミーティングを開き、「陸上競技は規則正しい生活態度こそが大前提で、基本ができなければプラスアルファのことは何もできない」と繰り返し注意しました。だからまず時間を守るなどの道徳的に大事な部分やトレーニングメソッドの根の部分、日ごろのJogの質を高めることが大切だということを徹底的に教え込みました。そういう基礎ができてから次のステップに移っていったんですね。

山本:僕も最初は、設定した目標に対して取り組むことに集中させるのが重要だと思います。例えば、生徒に目標設定をさせて、「これができるようになりたい」と決めたとします。でも、5分後におしゃべりを始めたり、スマホをいじりだしたりする生徒が出てくる時があります。そんな時には「大丈夫なの? まだ5分しか経ってないよ。目標設定したんでしょ?」と厳しく注意することもあります。授業は最初の5分が勝負です。中学生くらいの年齢だと、できていないことをメタ認知するのが難しいので、気づかせてあげることが必要なんです。特に、年度や学期の初めの1カ月は、こういった目標に向け、自分をコントロールするという概念を理解させることが重要です。

:目標達成のためには、選手との距離感も重要ですね。1から10まで教え込むと、選手と私の距離がものすごく近くなり、選手は私に依存してしまいます。その分、選手は指示されたことをこなすだけになりがちです。そうなると、選手は拒否権を発動できないんです。私は、選手が陸上競技に向き合う段階に応じて、選手との距離を徐々に取りながら、自律を教えるようにしています。

例えば、最初は「目標管理ミーティング」と称して、1年間の目標を決め、それにアプローチする方法をグループディスカッションで話し合います。当初、私もそのミーティングに参加し、選手一人ひとりのプレゼンテーションに対して「その方法は違う」などと指摘していました。

 ただ、道徳的な指導や目標管理に対して、一部の選手から「これが陸上と関係があるんですか? そんな時間があるなら遊びに行ったり、眠ったりしたい」といった不満が出たこともありましたよ。それでも基本を徹底していくと、結果が出てきて、目標を達成することがだんだんと楽しくなってくるんですよ。そうすると自分自身がその重要性を理解し、キャプテンを中心に「目標管理ミーティング」を自主的に開くようになりました。そうなれば、私はもう参加する必要がないわけです。

 ずっと君臨型やパワー型の指導を続けていたら、こうは変わらない。1年目で軸を徹底させ、選手が強くなるにつれて指導者も力を増し、選手との距離が近いままで終わる。自律とはほど遠い状態になります。でも、指導者がある程度の実績を残し、パワーを持ったら、全体の方向性を決めていく仕事に切り替えるべきなんです。

 だから、現在の私の仕事は、グラウンドで怒鳴るのではなく、練習を見守り、寮で選手の挙動を観察しながら問題がないかを見抜くことが中心です。私まで選手と一緒に動いていたら、動いている選手の様子は分からないわけです。止まっているからこそ、動いている選手のことを見抜くことができるんです。

 これはスポーツの指導者に限ったことではありません。これまでの教師も、一方的な支配型、または暗記重視型、管理型の教育を行い、生徒を支配してきた部分があると思うんです。そうした指導を受けて、うちに入部してくる学生の中には、我々のような自律型の組織に戸惑う選手も少なくありません。

 ミーティングでは先輩たちが明るく自分の意見をたくさん話し、時にフランクな物言いもします。そんな様子を見てビックリした新入生が私の顔色をうかがうこともあります(笑)。怒られるんじゃないかと思うんですね。あるいは2人で話している時に、私が頭を掻こうと手を挙げると、殴られるんじゃないかと身構える新入生もいるほどです。

山本:これまでの経験から、そのように思ってしまうんですね。

:そうなんです。特に伝統校や強豪校から入学した新入生の「洗脳」を解くのに1年ほどかかることもあります。でも、1年もすれば、うちの部では「話すこと」「提案すること」「さまざまな意見が認められること」や、「自分の意見を発信することはいいことなんだ」と理解します。そして、自分の思いを持ちながら自ら律する組織なんだと気づくわけです。そのタイミングになると、「目標管理ミーティング」での態度が大きく変わる。私に見せるためではなく、「目標は自分のために、自分で考えないといけないんだ」ということを心から理解するようになるのです。

(後編へ続く:4月10日公開予定)

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