2025年12月5日(金)

日本の医療〝変革〟最前線

2025年4月4日

 昨年3月にはTBSテレビが「安楽死を考える スイスで最期を迎えた日本人」を制作。パーキンソン病を患う女性(当時64歳)を追った。やはり「ライフサークル」の同じ医師と面談した。

 同じ製作者が映画版として「彼女が選んだ安楽死~たった独りで生きた誇りともに~」を作り、この3月から公開中だ。映画の中で女性は「やり残したことは何もない、本当に幸せな人生だったの。やっと夢が叶うのよ」「誰かに頼って生きるなんて嫌なのよ」と語る。

 「私のママが決めたこと~命と向き合った家族の記録」を昨年6月に放映したのはフジテレビである。夫とともにスイスに渡航し、安楽死したマユミさん(当時44歳)の生活を長期間取材した。子宮がんが膵臓や肺、そして脳に転移していく中で生活に支障をきたしていく姿が映し出された。マユミさんは「何も分からなくなる前に、安楽死を選びたい」と話していた。

本人の声が伝えられなかった「事件」

 一方、安楽死を望みながら海外渡航の体力がなければ国内で実行せざるを得ない。林優里さん(当時51歳)が京都市の自宅マンションで医師の手助けを得て亡くなったのは小島さんが安楽死した1年後、19年11月だった。

 林さんは8年前に筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断された。ALSは全身の筋肉が徐々に機能しなくなる進行性の難病である。訪問ヘルパーが24時間の生活を支えていた。発語はできず視線入力装置でのパソコン操作が唯一の自力活動だった。

 「持続吸引のカテーテルをくわえ、操り人形のように介助者に動かされる手足」「自分では何一つできない」「すごくつらい」とSNSでつづっていた。さらに「こんなに苦しい思いをしてまで生きないといけないのか」「安楽死させてください」ともつぶやく。

 林さんに頼まれて訪問した2人の医師が胃ろうに致死薬を投与した。翌年7月に事件が表面化、2人の医師は逮捕され、京都地裁は嘱託殺人罪の実刑判決を言い渡した。

 刑法第202条が規定する自殺関与罪のうちの嘱託殺人罪が適用された。被害者本人から殺してくれるようにと積極的に頼まれての殺人とされた。

 この事件がスイスで起きていたら結果は異なったかもしれない。小島さんたちがスイスで安楽死した状況と重なる。

 林さんはSNSで小島さんにも言及している。小島さんが会った医師は主治医ではない。面談時間も短い。林さんを訪問した医師たちも同様に主治医でなく滞在時間は15分ほどだった。だが、約1年前から林さんとメールで交流していた。

 「医師たちは直前に130万円を受け取っていた」と批判され、判決文では「利益を求めた犯行」とされた、その金額はスイスでライフサークルが受け取る額に近い。調べれば分かることで、林さんからの提示だった可能性もある。

 スイスに渡った小島さんには複数の取材者、メディアがずっと見守っていた。小島さんの強い思いがしっかり伝えられた。テレビでも著作物でも主役は小島さんだった。

 だが、京都の事件では、メディアの関心は2人の医師に向けられてしまう。林さんがどのような思いで日々を過ごしてきたのかがあまり報じられなかった。耐えがたい苦痛やみじめさなどをつづっていたSNSは多くの人に届かなかった。


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