2025年12月5日(金)

深層報告 熊谷徹が読み解くヨーロッパ

2025年4月28日

自動車企業に痛撃

 ドイツ経済で特に手痛い打撃を受けるのが、自動車産業だ。トランプ政権はすでに輸入自動車に25%の関税を発動している。トランプ氏は「ニューヨークの五番街を歩くと、ドイツの高級車が目立つ。ドイツに行っても、米国車は見かけない」と不満を述べたことがあり、ドイツの自動車メーカーを敵視している。

 実際ドイツの自動車メーカーにとって、米国は最も重要な輸出市場だ。24年にドイツは、世界全体に340万台の乗用車を輸出したが、その内、米国向けの輸出の比率は13.7%(45万台)と最も多い。英国(11.3%)、フランス(7.4%)に水を開けている。

 ドイツのメーカーも日本車のメーカー同様に、米国で現地生産してはいる。しかしその比率はフォルクスワーゲン(VW)グループで35.7%、BMWで49.9%、メルセデス・ベンツで42.3%と半分に達していない。中でもVWグループに属するポルシェとアウディは、米国で全く車を生産していないので、特に関税による打撃が大きい。

 米国の市場調査企業バーンスタイン・リサーチは、3月28日、「ドイツの大手自動車メーカー3社がトランプ氏の追加関税によって受ける悪影響は、110億ユーロ(1兆7600億円)に達する可能性がある」と予測した。同社は「関税措置が長引いた場合、BMWの利益率は2ポイント、メルセデス・ベンツでは2.2ポイント下がるかもしれない」とみている。

中国でドイツ車のシェアが減少

 トランプ関税は、ドイツの自動車メーカーにとって最悪のタイミングでやって来た。その理由は、これまで重要な市場だった中国でドイツ車のマーケットシェアが減っているからだ。

 ドイツの経済日刊紙ハンデルスブラットは2月5日電子版で、「ドイツのメーカーの中国におけるバッテリー式電気自動車(BEV)危機は深刻さを増している。VW、アウディ、ポルシェ、メルセデス・ベンツ、BMWの23年の中国のBEV市場でのシェアは6.5%だったが、24年には5%に減った」と報じた。

 ドイツ最大の自動車メーカーVWグループが24年に中国で売った車の台数は、293万台だった。23年に比べて9.5%の減少である。

 実際、ドイツメーカーの販売実績は、中国メーカーに水を開けられる一方だ。ミュンヘンに本社を持つ自動車専門のコンサルタント企業ベリュルス社の調査によると、24年の第4四半期に中国の比亜迪(BYD)は中国で約59万1000台の車を販売した。これに対し同時期のVWの中国での販売台数は約5万6000台、BMWは約4万6000台にすぎない。メルセデス・ベンツは約1万9000台しか売れなかった。

 中国と欧州の製造業界に詳しい日本人コンサルタントは、「ドイツの自動車業界は、技術的にも中国メーカーに完全に抜かれた」と語った。コネクテッド・カーや自動運転に関する技術でドイツは中国に水を開けられている。

 BEVをめぐる激しい競争が起きている中国では、中国メーカーが消費者に好まれる様々なギミックを車に盛り込み、運転者だけではなく同乗者にとっても「快適で楽しい空間」を作り出すためにしのぎを削っている。カラオケ設備、マッサージ装置付きの座席、冷蔵庫などはその一例に過ぎない。ドイツのメーカーは、これまでこうしたギミックを重視してこなかった。

 ポルシェのルッツ・メシュケ元財務担当取締役は、「ドイツ車の売れ行きが中国で悪化している理由は、中国市場がBEVとプラグインハイブリッド車(PHV)中心の市場になりつつあるからだ。今後中国のEVシフトが進めば、ドイツの車メーカーはさらに苦戦する」と語っている。中国でのBEVとPHVの24年販売台数は、前年比で40.7%増加した。中国で24年に売られた新車の47.6%がBEVかPHVだった。

 ドイツのメーカーは、中国の内燃機関の車の部門では、今も首位にある。だがBEV・PHV部門の急拡大により、同国の内燃機関の車のマーケットは、急速に縮小している。

 VWグループは、かつては国内乗用車部門の営業利益率の低さを、中国からの収益でカバーすることができた。だが中国でのマーケットシェアが減っているために、もはや国内乗用車部門の営業利益率の低さを中国からの収益で補うことができなくなった。

 このため、同社は30年までに国内の従業員数を約3万5000人減らすという、身を切るようなリストラを昨年12月に発表したのだ。アウディ、ポルシェの人員削減数も加えると、VWグループは従業員数を4万人以上減らすことになる。


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