崩れた「申請主義の壁」
この対応に男性は納得せず、未払い分の補填を求めて国家賠償請求訴訟を起こした。
原告側となる男性の主張はこうである。福祉事務所は、手帳を取得するために必要な診断書の費用を支払っていた。支払った以上は、その後、手帳が取得できたかどうかを確認すべきところ、その調査を怠っていた。調査義務違反があったのだから、手帳取得当時にさかのぼって障害者加算の認定を行うべきである、と。
名古屋高等裁判所は25年1月24日、男性の請求を認め、市に約50万円の支払いを命じる判決を下した。名古屋市は上告せず、判決は確定した。
この判決によって何が変わるのか。
市は「障害者加算を求める申請がなかったので、加算は認定しなかった。申請を受け付けたあとは、ルールに則って加算を認定している」と主張した。この主張に対して、司法が『ノー』を突きつけたのである。
これは、完全ではないにしろ、「申請の壁」が壊れたことを意味する。
申請主義と調査義務違反はどちらが重いか
なぜ、行政側の主張は認められなかったのか。少し長くなるが、判決の根幹となる部分を引用しよう。
出所:名古屋高等裁判所・令和6年(ネ)63号 国家賠償請求控訴事件(原審・名古屋地方裁判所・令和4年(ワ)第2706号)、傍線は筆者。
今回の事例では、市は男性が手帳を取得しようとしていることを知りうる立場にいた。手帳の取得には、医師の診断書が必要となる。その診断書作成費用を、生活保護費として病院に支払っていたのである。
市側は「診断書料を出しても、障害者手帳が取得できない場合もある」という苦しい言い訳をしていた。しかし、「それを確認するのが役所の仕事だろう」という指摘に対して、裁判官が納得する反論ができなかった。
結果として、「公務員として職務上通常尽くすべき注意義務として被保護者の要件該当性について調査する義務があり、これを怠った場合には、国賠法1条1項の違法性がある」という判決が下された。その後、市は上告せず、判決は確定した。
簡潔に言えば、「調査義務違反>申請主義」という原則が、判例となったのである。
