「素朴な感覚で、おかしいと思った」
厚生省の方針転換にまで影響を与えた画期的な判決。その立役者となったのが、名古屋第一法律事務所の久野由詠さん(40歳)である。
久野さんは、「素朴な感覚でおかしいと思った」のが、依頼を受けたきっかけだという。当時、久野さんは生活保護制度にそれほど詳しい訳ではなかった。ごく単純に、「役所のミスでお金が支払われないのはおかしい」と感じたという。
「『原則通りの対応をした』と福祉事務所側は主張しました。しかし、最近、生活保護のルールが変更されて、役所側の不手際があれば5年間までさかのぼれるようになったことを知っていました。男性の一件は、ルール改正前のことです。しかし、『これは弁護士として動かなければならない』と決意しました」
裁判を起こすような生活保護の利用者は、時にクレーマーという印象を与えることが多い。久野さんはどのような印象をもっていたのだろうか。
「40代の男性で、穏やかでどこにでもいるような方でした。精神疾患をお持ちですが、話をしていてもすぐにはわからないほど落ち着いていらっしゃいました。生活のルールをしっかり守る、丁寧な方です」
同じような被害を受ける人がいなくなってほしい
久野さんは、訴訟に取り組むなかで、印象的だったことがあるという。
「原告の方は非常にまじめで、真摯な姿勢で訴訟に向き合っておられました。最初のケースワーカー(CW)との関係は悪くなく、よく話を聞いてくれる、寄り添ってくれていると信頼していたそうです。ところが、開示したケース記録を確認して、そのCWの時から加算漏れがあったと分かり、ショックを受けていました。
裁判が始まってからも、『本来受け取れるべきだった障害者加算が支払われていないのはおかしい』とはっきりおっしゃっる一方、『同じような被害を受ける人がいなくなってほしい』との思いも強く、社会的な意義を感じてこの訴訟に踏み切ったことが伝わってきました」
裁判を起こすのは特別な人、日本にはまだまだそう考える人は少なくない。生活保護を利用しながら裁判を起こすとなれば、風当たりの強さは一般の比ではないだろう。仮に裁判に勝ったとしても、受け取れる金額自体は労力に見合わないことも多い。
今回の判決で支払われた賠償金も50万円。弁護士に依頼し、何度も裁判所に足を運び、不安な日々を過ごす。「割に合わない」と考える人も多いだろう。
それでも裁判を起こす人がいる。その背景には共通して、「このような嫌な思いをするのは、自分で最後にしたい」という思いがある。
市民の自己責任ではなく、支援体制の充実を
久野さんに、判決の受け止めを聞いた。
「判決は、原告の訴えの核心に触れるような内容が認められた点で、非常に意義があったと感じています。特に、『加算は憲法25条に規定する健康で文化的な最低限度の生活に含まれる』と判断された点、そして福祉事務所の『申請待ち』の姿勢を許さず『注意義務違反』が明確に認められた点は、今後の実務にも大きく影響する可能性があると考えています。
本人の思いや、この裁判で明らかになった制度の問題点が社会に示されたという意味で、非常に価値のある訴訟だったと受け止めています。
今回のように、加算の支給要件を満たしていたのに、支給がされていなかったというのは、本来あってはならないことです。市民が制度を使いこなすことを前提にするのではなく、支援する側が責任を果たす体制を整えるべきです」
