打開策はあるのか?
世界的に有名なハーバード大学ロースクール交渉プログラムのロジャー・フィッシャーとウィリアム・ユーリーは、立場の弱い交渉者は、「交渉を決裂しても構わない」「交渉を中止してもよい」という余裕をもって交渉に臨み、「合意にこだわらないこと」が重要であると指摘した。そうすることによって、交渉の立場を強くできるのだ。
日米同盟重視、強い米国経済および米国市場の魅力に加えて、中国のようにレアアース(希土類)という強力なカードを持たない日本は、正に立場の弱い交渉者である。フィッシャーとユーリーの考えに従えば、日本はトランプが設定した新たな交渉期限である8月1日までに合意することにこだわる必要はない。
ただ、今後の打開策を探るとすれば、日本製鉄の米大手鉄鋼メーカーUSスチールの買収の事例が参考になる。
2024年米大統領選挙でトランプは、「愛国心」を理由に外国企業によるUSスチール買収に反対した。ところが、日本製鉄が、米鉄鋼業に前例のない140億ドル(約2兆円)という大規模な投資を発表すると、トランプは実利的な判断をして買収を許可した。
日本企業が米国内に投資をして雇用を創出するには2~3年はかかるかもしれない。となれば、2027年から始まる28年米大統領選挙と重なる。同大統領選挙の激戦州になると思われる東部ペンシルベニア州、南部ノースカロライナ州および中西部ミシガン州に大規模な投資を行い、トランプないしJ・D・バンス副大統領を援護射撃するという案を、日本政府は選択肢として打ち出しても良い。大型投資と28年大統領選挙を結びつけた戦略は、トランプを引き付ける可能性が高いだろう。
文化の交渉
日米の関税交渉を少し違った視点からみてみよう。それは、自動車とコメが鍵を握る。トランプは、日本が米国製の自動車と米国産のコメを輸入しないと批判を繰り返してきた。
私事で恐縮だが、筆者が1980年代に米国に留学していたとき、米国人の友人が米国産の自動車のテレビ広告について語ったことを紹介してみたい。鎖で縛れた自動車が、鎖を切って、自由に全米に向けて走り出すという広告であった。彼は、自動車は米国人が最も重視する「自由(フリーダム)」という価値観を表現していると説明してくれた。
仮に、現在でも米国人が、自動車には自由という価値観が含まれていると感じているならば、日本人の米国産の自動車を批判する発言は、彼らの価値観を否定することと同等に捉えられてしまう。自動車は単なる工業製品ではなく、米国民の価値観そのものである。自動車は文化であるのだ。
同様に、日本のコメもただの農産物ではなく、日本人の文化であることは言うまでもない。となると、今回の日米関税交渉が難航しているのは、一般的な価格交渉よりもはるかに高いレベルの「文化の交渉」をしているからだと言える。
