特にトランプ政権下でアメリカの対応が縮小し、結果的に欧州の対応が拡大する中にあってはなおさらだ。ウクライナがかつて脱却しようと試みた、腐敗した独裁体制に近くなってくれば、西側諸国の政治家たちは大義を守る価値があると主張することが難しくなるだろう。
ゼレンスキーは、この新法が国会に提出され可決されたその日に、軽率にも署名した。これは単に悪い法律であるだけでなく、戦略的な失策でもある。
ウクライナを、それが戦っている敵国(ロシア)と同じではないかと思わせ、あるべき姿を目指す国という像を薄れさせている。西側諸国の連帯がより脆弱な局面を迎えている時に、その道義的根拠を弱めてしまう。
大統領が、ウクライナ国民の未来をヨーロッパの中におくことに価値を見出すのであれば、民主的なウクライナという理念が潰される前に、この法律を速やかに無効化すべきである。
* * *
反汚職機関の独立が重要な理由
本件社説で問題とされているウクライナの汚職捜査機関等の独立性を剥奪する7月22日の法案については、一旦成立したあと二日後の24日、ゼレンスキー大統領は、ウクライナ国民の大規模な抗議行動もあり、独立性を回復する新法案を議会に提出した。
まず、反汚職機関を事実上検事総長の隷下におくことが何ゆえに民主化に逆行し、多くのウクライナ国民が反対しているのか。それは、ウクライナ国民にとって、反汚職機関の独立性は端的に、大統領からの独立を意味しているからである。
2014年のいわゆるマイダン(尊厳)革命は「東か西か」(ロシアかEU・NATOか)を問う戦いであったと同時に、当時のウクライナ政府、とりわけヤヌコヴィッチ大統領とその周辺の汚職に対し国民が「NO」を突き付けたものでもあった。よってその後の汚職対策は、如何にして政府、特に大統領から独立した機関をつくるかに焦点があてられ、その結果創設されたのが国家汚職対策局(NABU:捜査を担当)と特別汚職対策検察(SAPO:起訴権限を有する)であった。
これらは既存の警察や検察局とは別に、政府高官の汚職問題に特化した独立機関として創設されたもので、他国には例を見ないウクライナに独特の制度である。
7月22日にゼレンスキーが署名した法案は、両機関を事実上検事総長の隷下に置くこととされていたが、検事総長は憲法上、大統領が任免権をもつ大統領直属の司法機関である。よって両機関を検事総長の隷下におくことは、大統領のコントロール下に置くことに繋がるのである。
