現場を知り尽くす職人の
「一番嬉しい瞬間」
松留さんは、やはり堺とは無関係の宮崎県出身。製造部施工課の課長として扉の取り付け部隊を率いる、入社29年のベテランである。
防熱扉は最大で幅5メートル、高さ6メートルにもなり、かなりの重量物だ。しかも一枚一枚が異なるオーダーメードである。松留さんに施工の苦労を尋ねてみると……。
「子どもの頃、プラモデルが好きだったんですが、(防熱扉も)プラモデルと同じですよ」
なんと、プラモデルと同じとは! またしても空振りの予感がする。
「仲間が一から組み上げたものを僕らが設置するわけですが、一番嬉しいのは、現場に電気が来て、試運転をするときなんです」
防熱扉の多くは、電動で開閉するようにできているのだ。
高校時代、バイクの改造が趣味だった松留さんは、原付のエンジンを分解してはピストンを軽量化したり、吸気口や排気口の径を広げたり、そんなことに血道を上げていた。
「初めてエンジンをバラして組み直したとき、これほんまに動くんかなって思いながらキックを踏んだら、あっ動いた!っていう、あれと同じ感覚ですよ」
けっこう単純な喜びですねと言ったら失礼かなと思いつつ、松留さんの言葉に耳を澄ましていると、だんだん不可解な表現が混ざってくるのに気がついた。
松留さんはいま、骨組みに木材を使わない新商品の開発にも携わっている。木材は長年使うと菌やカビが発生するリスクがあるため、医療や食品の分野で完全非木材構造の防熱扉のニーズが高まっているという。
「そういう新しい機能を持った扉って、ややこしくしていいんだったら、誰でもつくれるんです。でも、どうやってつくるかを探究していくとき、同じ品質をできる限り簡潔な形で実現しよう、誰でも取り付けができるシンプルな構造を追究しようと考えると、なかなか難しい。それが職人かなって、思うんですよ」
それが職人とは?
「先日、ある大手さんの冷蔵倉庫に50枚ぐらいの扉を納品したんです。そうしたら、引き渡しの現場で施主さんが『やっぱり岸さんの扉はいいよね』って言うんですよ」
巨大な冷蔵倉庫の防熱扉が「いい」とは、一体どういいのか。性能、コスト、安全性、耐久性……。様々な言葉が思い浮かんだが、松留さんはそれ以上、言葉を継がなかった。
