訴訟の社会的意義
今回の判決の意義について、原告側代理人の清水陽平弁護士(東京の法律事務所アルシエン)は次のように述べる。
「製品に対する批判であっても、製品の安全性それ自体に関する信用毀損の問題になるだけでなく、そうした根拠のない批判が危険な毒物を作りながら安全だと偽って売る会社であるかのように認識されるのであれば、名誉毀損になるということです。従って、たとえ一般人でも情報を発信する際には、その前提となる情報の真偽をきちんと見極めることが必要です。
SNSに限らず、何らかの発信をするということは責任を伴う可能性があることを意識する必要もあります。もっとも、誰しもエコーチェンバーやフィルターバブルの中にいると、間違った情報を正しいと認識してしまいやすい。そういう影響を排除しきることは難しいですが、こういったものの影響下にあるということを自身で認識することが正しい情報にアクセスすることにつながるのではないか」
エコーチェンバー(Echo Chamber)は、SNSなどで自分と同じ意見や価値観を持つ情報ばかりに囲まれ、同じ意見が増幅する現象を指す。フィルターバブル(Filter Bubble)は、インターネット上のアルゴリズムにより、自分に都合の良い情報だけを集め、居心地のよい情報の「泡」に包まれる現象を指す。こうした情報環境に身を置くと、異なる意見に触れる機会を失い、自身の見解が偏る原因となることが知られている。
正義感と虚偽情報
今回の被告たちはおそらく偏った専門家やインフルエンサーの言うことをそのまま信じ、誹謗中傷とは知らずに虚偽情報を発信し、そこに悪意はなかったと考えられる。しかし、だからといって、自分自身で情報の真偽を確かめずに安易に投稿すれば、たとえそれが人ではなく、製品(商品)や企業であっても、不法行為にあたる信用棄損や偽計業務妨害(虚偽の情報で他人の業務を妨害する)になる可能性がある。
言い換えると今回の判決は、正義感に燃えて発信したとしても、それが虚偽情報であれば、不法行為になることが示されたわけだ。問題なのは、こうした投稿者たちをたきつけているインフルエンサーたちはいまだ断罪されていないことだ。
食品添加物に関する虚偽情報と闘ってきた長村洋一・藤田医科大学名誉教授(食品化学)は「善良な市民をだます識者が背後に存在するということを忘れてはいけない。いやむしろそういう識者のほうが許せない気がする」と話す。
たとえば、参政党を支持する評論家がいまなおSNSで「グリホサートは世界で禁止されているのに、日本では使われている」といった誤った情報を発信している例が見られるのは事実だ。
「国際がん研究機関」(IARC)が示したグリホサートの「グループ2A」(おそらく発がん性あり)の科学的な意味が捻じ曲げられて伝えられている点も、今後の情報伝達の課題だといえる。とはいえ、匿名でいとも簡単に真偽不明の情報を投稿できるSNSの世界の中で、今回の判決が「発信の前にまず情報の真偽を自己チェックしましょう」と、立ち止まって考える冷静さを促す絶好の機会となったことは間違いない。
