中国については、毛沢東が天安門で中華人民共和国の建国を宣言したのは 1949 年10月1日である。その中華人民共和国が対日戦勝国であるわけがない。
もっとも中華民国は日本と戦争していたとの事実はあり、日本の降伏文書にも署名している。その立場を中華人民共和国が引き継いでいるとの議論はありうるかもしれない。しかし国際連合では中国の代表権は1970年はじめまで中華民国にあった。
歴史の「真実」発信を
ロシアというえせ戦勝国、北朝鮮という戦勝国ではない国を巻き込んで、中華人民共和国は歴史を歪曲しようとしている。ナチスのゲッベルスは、嘘も繰り返すと真実になると言ったが、9月3日に今回のようなパレードが繰り返される場合には、日本の名誉のためにも真実を明らかにしていくべきだろう。
なお、日本が1945年8月15日にポツダム宣言を受諾した日を終戦の日であるとしているのは妥当なことである。9月2日や3日ではない。降伏文書の署名が9月2日になったのは、式典好きのマッカーサーが日本を開国させたペリーが掲げていた星条旗を式典の際に持ってきて掲げたい、対日戦で海軍が果たした役割は大きいので、ミズーリ号の甲板でやりたい(時の大統領トルーマンはミズーリ州出身であり、トルーマンが喜ぶ)などの事情で9月2日になったということである。
なお、インドのモディ首相は日本を傷つけたくはないとして、北京にいたが、軍事パレードへの出席を断った。日本が戦った大東亜戦争はインドを含む欧米植民地の独立に資した。インド国会には日本とともに戦ったチャンドラ・ボースの胸像がある。

