2025年12月5日(金)

偉人の愛した一室

2025年10月26日

青淵は渋沢の雅号。鉄筋コンクリートとレンガ造りで、扉や窓は類焼を防ぐために鉄製となっている。1階を閲覧室、2階を書庫として設計されたものの、肝心の史料類が完成を前に関東大震災で焼けてしまう。中には貴重な書籍や史料が多く含まれていた。

青淵文庫は関東大震災の経験を生かして再工事されたため耐火性に優れており、その重厚感は金庫のようだ
アール・デコを彷彿とさせる青淵文庫の開口部
閲覧室内に掛けられた扁額は渋沢の揮毫したものだ

 渋沢は目的を変更し、大人数の客との懇談の場所として用いた。高い天井を支える柱には装飾タイルを張り、大きな窓の上部にはステンドグラスを入れた豪華な造りにしてあったから、オフィシャルな場所には恰好だったろう。2階への螺旋階段は美しいカーブを描き出している。多年の功労への深い敬意が、至る所に感じられるのだった。

ステンドグラスが目を引く青淵文庫の閲覧室。家紋である柏、どんぐり、唐草、雲などがあしらわれている
手すりの幾何学文様や曲線が美しい階段も見どころだ

 渋沢の自叙伝に「米寿を迎えた喜び」と題する一節がある。来し方を駆け足で回顧しつつ、商業活動と道徳との合一を説く傍ら、還暦を過ぎた生き方として、自ら老いたりと考えて仕事を退くのは間違いであると書く。労働と節制と満足、これが健康、幸福、長寿の主因であると綴り、それができるなら90歳、あるいは100歳まで十分働けると力説する。時代を100年先取りする、けだし先見の明というべきか。

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Wedge 2025年11月号より
未来を拓く「SF思考」 停滞日本を解き放て
未来を拓く「SF思考」 停滞日本を解き放て

SFは、既存の価値観や常識を疑い、多様な未来像を描く「発想の引き出し」だ。かつて日本では、多くのSF作家が時代を席巻した。それはまさに、科学技術の進展や経済成長と密接に結びついていた。翻って、現代の日本には、停滞ムードが漂う中、様々な規制やルールが、屋上屋を架すかのようにますます積み重なっている。だが、それらを守るだけでは新たな未来は拓けない。硬直化した日本社会をほぐすため、今こそ「SF思考」が必要だ。


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