「健診は一線を退いた年配の医師や子育て中の女医、臨床医のキャリアからドロップアウトした医者のたまり場という印象。政治力のある大学教授が引退後に行く楽で儲かるポストとして健診医が用意されることもあります」
同業の臨床医から羨望と蔑みの入り混じった眼差しを向けられる健診医。赤字になりがちな病院にとっても収益性の高い健診部門は有難い存在だ。
「健康人ばかりを診ている健診データに何の臨床的価値があるのか」
現場の臨床医の冷静さとは裏腹に、専門学会が強く反論した背景には、健診への冷たい目線が見え隠れする。
小誌2013年10月号で報じたように、人間ドックは健診と検査項目がたいして変わらないのに値段が高い。健保連から有用性を示すよう求められているが、エビデンスがないことをドック学会は自覚している。
山門氏によれば、人間ドックの優位性は、健診医が検査結果を見て当日のうちに専門的な保健指導を行うことにある。しかし、約1000人を数える学会認定の「人間ドック健診専門医」は、日本専門医制評価・認定機構から専門医として認められていない。
ドック学会は「緩和は誤報」と困惑するが、当初の発表を取材していたある記者は「これだけのメガスタディーの結果だから、基準値は将来、緩和してもいいのでは」という趣旨の発言があったと言う。緩和騒動につながったことで、ドック学会の基準範囲に注目が集まった。「ドック学会は、本音では成功したと思っているのでは」(関係者)との見方は根強い。
実際、臨床検査系の学会が以前、同じ考え方に基づくほぼ似た値の基準範囲案を発表しているが、ほとんど注目されていない。「緩和」と受け取られやすいメッセージ性を与えなければ、メディアは食いつかない。
そうだとしても、ドック学会の発表はあまりに“ゲリラ”的ではなかったか。報告書には「基準範囲は予防医学的な観点から設定」とあるが、経年観察のない断面的調査は予防医学的ではない。5年間追跡調査して妥当性を検証するとしているが、それなら5年後に発表すればよい。母集団の150万人を日本人の標準的集団とみなしてよいかについても議論がある。
今回の基準範囲に影響を受けて、基準値が緩和されることはないだろう。唯一LDLは緩和される可能性があるが、そのためにはプロの学会同士のエビデンスに基づく論争が欠かせない。
そういう正攻法を避け、5年を待たずともLDLだけは問題視できると挑んだドック学会の“奇襲”戦法。結局のところ、コレステロール問題の解決を遠ざけたのではないか。“奇襲”に面食らった専門学会は、振り上げた拳を簡単には下ろせないでいるからだ。
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