2025年12月12日(金)

未来を拓く貧困対策

2025年12月12日

専門委員が指摘した法的課題

 厚生労働省の対応策は、法的な問題、特別給付が生む新たな問題、そして政策決定過程の検証不足という三つの課題を挙げることができる。

 第一に、法的な問題である。最高裁判決の意義は、合理的な根拠と手続を欠いた裁量行使を違法と認定したことにある。ところが、厚労省が示した対応策は、違法部分を補填する一方で、新たな根拠による2.49%の減額を適用し、差額を値引きする形で追加支給する構造となっている。この仕組みは、原告にとっては不利益変更であり、紛争は一度で終局すべきという原則に反する「蒸し返し」との批判がある。

 先に述べた専門委員会の議論でも、この点は何度か指摘された。法学系の委員は、裁判の中で主張できた理由を後になって蒸し返して再処分を行うことは、紛争の一回的解決の要請に反し、許されないとしている。また、基準額の調整をやり直すのであれば、訴訟の段階でそれをすべきであったとの意見も出た(第8回社会保障審議会生活保護基準部会最高裁判決への対応に関する専門委員会議事録)。

 ただし、最終報告書では、「不利益処分が判決により取り消された場合の再処分や既に改定された当時の生活扶助基準の見直しの可否が議論されている本件に直接適用されるものではないと考えられる」とし、判決とは別に見直しをすることは許されるとした。

 これに対して、12月8日、井上英夫金沢大学名誉教授(社会保障法)ら2人が呼び掛け人となり、全国の大学教授ら123人が賛同した「法学研究者による緊急声明」が出された。

 緊急声明は、国が新たな引き下げ基準を持ち出したことについて、「引き下げ処分全体が最高裁により取消されたにもかかわらず、再度行政が保護費減額処分を行うことは、最高裁判決の上に行政の判断を置く、日本国憲法の基本原則である三権分立原則に違反する許されないこと」と批判した(弁護士JPニュース,2025年12月10日)。

 筆者は法学の専門家ではないので、この件に関するコメントは差し控える。ただ、原告団は反発しており、新しい訴訟が提起される可能性がある。

ブラックボックスのままの政策決定プロセス

 専門委員会では、保護基準の算定と判決の法的効果という2点から対応方法の検証が行われた。中心となったのは、経済学と法学の研究者である。

 しかし、専門委員会では話題にあがらなかった未検証の課題がある。それが、政策決定プロセスの検証である。

 生活保護基準の引き下げにあたっては、当時の政治状況が強く影響を与えていた。「透明で公正な手続き」とはほど遠い、基準改定の具体的内容を部外秘扱いとして秘匿し、専門家ではなく政治家への説明を優先する。一連の厚生労働省の対応は、ジャーナリストの取材ではじめて明らかになり、判決にも影響を与えた(生活保護減額「違法」の最高裁判決はジャーナリズムの勝利でもあった、争点を変えた一つのスクープ、「秘匿」文書はどう公開されたのか?)。

 「当時の担当者は、保護基準の算定基礎となる資料をどのように収集し、その分析はどのようなチーム編成で行ったのか」「基準の妥当性は、いつ、誰が、どのように判断したのか」「基準部会の委員には秘密の資料が、なぜ特定の政治家に提供されたのか」といった政策決定プロセスは、今回の検証では議論されることはなく、ブラックボックスのままであった。


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