さて、07年に設計最高速度が時速300kmのN700系がデビューした。N700系およびそのマイナーチェンジのN700Aが続々と製造され、営業運転する本数が次第に増えてきたこともあり、15年に東海道新幹線の最高速度が時速285kmに引き上げられた。一方でそれまでの主力車両だった700系が東海道新幹線から20年3月末までに引退するという方針がJR東海から発表された。
そうなると、0系の引退を契機に引退したT2・T3編成のように、T4・T5編成も700系の引退に合わせ姿を消すのではないかと鉄道ファンの間で囁かれ始めた。実際のところ、700系の引退以降もしばらくの間は継続して運用されたが、今年1月、老朽化を理由にT4編成が引退した。
T5編成による検測走行は継続するが、これも27年以降を目途に引退する予定。それ以降は、専用の検測車は製造されず、JR東海が保有する営業車両に搭載された検測機器を用いて検測が行われることになる。
以前は「人気」ではなかった?
ドクターイエローの人気はいつ頃から始まったのか。新聞・雑誌の記事データベースで「ドクターイエロー」について言及している記事の本数を調べてみたが、JR発足から数年間、年間本数は0本から1桁にすぎなかった。95年にようやく記事の本数が2桁台になり、この状態が数年続いた。ただ、このレベルではとても一般的に知られた存在とは言えない。
14年に記事の本数が一気に200本を超えた。この年は東海道新幹線開業50周年という節目の年であり、新幹線の安全運行を支えているドクターイエローの存在がクローズアップされたことによる。JR東海の浜松工場などで一般公開される機会も増えた。
そしてT4編成の引退が発表された24年に記事本数は400本を突破。25年はまだ終わっていないが、700本台に達している。ちなみに25年の「新幹線」「のぞみ」を含む記事を検索したところ同じく700本台。営業車両に並ぶ高い注目度には驚かされる。
