次に人的な側面として、避難所への避難者数の推移をみる(図2)。東日本大震災の場合は、福島県で原子力発電所の事故による避難があったため、直接には比較できないが、福島県以外の岩手県、宮城県では、震災の起きたその年の10月には岩手県内の全ての避難所が閉鎖され、同年12月には宮城県内の全ての避難所が閉鎖されている。これに対して、能登半島地震の場合は、避難所の避難者数についてゼロとなるまでに翌年の5月までを要していた。
断水からの復旧に比べ、人間の居住に関する回復に多くの時間が必要であった。これらの避難所の避難者数の他に、在宅または被災地域外で避難生活を送っていた被災者も多数存在していた。
復旧から復興への視点
地震災害からの回復は、物的な復旧や避難所で暮らす人がいなくなったということだけでは判断できない。そこで、復旧から復興へと視点を改め、被災時の人口推移についてみてみることとする。
ここでは、震災のあった24年1月1日時点の住民基本台帳上での住民数と1年後の25年1月1日時点の住民数を比較する。この住民基本台帳の住民数は市町村の住民票登録の件数に基づいた数である。
この住民基本台帳の統計を使うときには注意するべき点がある。住民基本台帳のデータは、あくまで住民票基準であるので、被災地域外に転居しても住民票の登録を移動させなければ、統計上は被災地域内にカウントされる。例えば、大学生が進学のために実家を離れて都会に下宿しても、住民票を動かさないことがある。この場合、居住の実態上は都会であっても、住民基本台帳の上では実家の市町村の住民となり、ズレが生じる。
以上のことを考えると「住民基本台帳の統計は当てにならない」のかというと、そうとは限らない。被災後1年を経過した時点で住民票登録上の人口が減ったということは、一時的に域外にいた人が異動先で住民票を登録したか、もともと被災地内にいた人が域外で本格的に生活の拠点を構える覚悟で住民票を移動させたとも考えられる。したがって、震災1年後の住民基本台帳の住民登録数を比較することで、どれだけの住民が震災によって被災地を後にする意向を示したかを見て取ることができる。
ここで能登半島地震の影響を見るため、住民基本台帳の上での「震災前後」の住民数を見るだけではなく、「被災地とそれ以外」での住民登録数の減り方を比較する。ここで被災地の定義は「災害救助法」の適用を受けた市町村である。結果は図3に示されている。
図3の結果を見ると、石川県以外の被災県では、震災前後で被災地の人口変化率と非被災地の人口変化率の間には差異がみられず、両者の差は0.01(1%ポイント)以下である。しかし、石川県では他の県と異なり、被災地の方が非被災地よりも0.026(2.6%ポイント)以上で人口が減少していることが分かる。このことから、石川県では能登地震の影響が人流に大きく影響していることが分かる。
なお、東日本大震災の場合、宮城県は震災のあった11年には6402人の純転出(転出-転入)がみられたものの、12年には逆に6069人の純転入が観察され、被災後2年で一定程度の人口の回復がみられた。これは、宮城県のインフラ等の物的な復興の他に、生活の拠点として選択できるレベルまで社会的な復興がなされたという人々の判断も反映しているのではないか。
図3に示すように能登半島地震においては、最初の1年間で石川県において他の県よりも強い人口減少トレンドが観察されている。そして、次の1年間でこれに歯止めがかかるか否かが、生活の復興の度合いを測るバロメーターといえるかもしれない。


