2026年1月21日(水)

トランプ・パワー

2026年1月21日

比較①─マッキンリー大統領

「アメリカ合衆国皇帝」と風刺画で揶揄されたマッキンリー氏(1900年)(EDUCATION IMAGES/GETTYIMAGES)

 トランプ大統領が自らをよく例えるのが共和党のウィリアム・マッキンリー第25代大統領(1897~1901年)だ。彼に対する思い入れは、アラスカにある米国最高峰のデナリ山をマッキンリー山の旧称に戻したことからも窺えよう。

 19世紀最後の大統領選挙で当選したマッキンリー氏は、偉大な米国を実現するために米西戦争(1898年)に踏み切って勝利し、その結果、フィリピン、グアム、プエルトリコの海外領地を手に入れ、キューバも保護下に置いた。また、同年には、念願だったハワイ王国も併合し、マッキンリー政権下で米国の植民地は一気に拡大した。力の信奉者であったマッキンリー氏は、軍事力を駆使して米国を世界の舞台への台頭に導いたのである。こうした既存の国際政治に対する大規模な現状変更を通じ、米国は一等国としての地位を確立したのみならず、アジアでも利権を有する太平洋国家になった。

 同様に、2期目のトランプ氏は、パナマ運河やグリーンランドの割譲、さらにはカナダの併合に言及するなど、国土の拡大を通じた偉大な米国の復活(Make America Great Again:MAGA)に執着する。その実現のためには軍事力も辞さないという姿勢からは、マッキンリー的な要素が十分に感じられる。

 マッキンリー氏は、アジアでの米国のプレゼンスが国益と合致すると考え、かの有名な門戸開放政策によってアジアへの関与を大幅に強化した。トランプ1.0でこそ、アジアに対する意識は全体的に低調だったが、反中タカ派が一掃されてからのトランプ2.0では、対中接近の姿勢は顕著となってきており、大統領自身の言動からも、習近平国家主席と何らかのディールを渇望しているのが見透ける。

 マッキンリー氏には介入主義と孤立主義の狭間での葛藤は存在しなかったが、政権発足時のトランプ氏はMAGAを意識して孤立主義的な対外政策に徹した。だが、昨年6月にイランへの攻撃に踏み切ってからは介入主義へと舵を切り直している。最近では、ベネズエラとの対立が先鋭化しており、もしトランプ氏が本格的な軍事侵略に踏み切れば、マッキンリー氏との類似性は増す。

 マッキンリー氏は凶弾に倒れてその生涯を閉じたが、彼を継いだのが偉大な指導者として米史に名を刻んだセオドア・ローズヴェルト第26代大統領(1901〜09年)である。つまり、予期せぬ政権交代によって米国は「復元力」を発揮したのだ。


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