転機は90年代から2000年代である。ソ連の解体後も引き続き対外的な介入を続け、ついには01年9月11日の同時多発テロ事件をきっかけとしてアフガニスタンとイラクへの軍事作戦に乗り出した米国のあり方をめぐって、右派の内部はネオコンを支持する側と、かれらに反発する側に分裂していった。国内的には文化や宗教をめぐる価値観の多様化と、リベラルと保守の間の衝突がますます激しくなっていき、それは「文化戦争」と呼ばれるほどの対立を生み出していった。
このような国内外の変化をめぐって右派内部に生じた対立から、第3のニューライトと呼ばれる様々な新しい右派の思想潮流が姿を現していったのが10年代だった。自由な市場と小さな政府を擁護し、政府が社会保障や公共事業に積極的に支出するニューディール以来のリベラリズムを批判する従来のニューライトとは異なり、第3のニューライトは文化保守の立場から、宗教や文化の面で政府が社会に積極的に口出しすることを求めるばかりか、「自由の国・米国」の理念的な礎ともいえる自由主義をも放棄する時期に来ているとまで主張している。
建国以来の自由主義を
否定する
自由な市場と小さな政府は、共和党とその支持者たち、そして右派のインテリ層にとって何よりも擁護すべきものであり、それを支えていた思想こそ、建国期以来の自由主義だった。
それに対してポストリベラルと呼ばれる一派の代表的人物、パトリック・デニーン氏は、右派でありながら自由主義を否定する第3のニューライトの急先鋒である。東海岸の名門校群であるアイビーリーグの一つ、プリンストン大学で教えていたこともあるデニーン氏は、そこでは専任の職を得られず、現在は中西部のインディアナ州にあるカトリック系の大学、ノートルダム大学で教鞭をとっている。
デニーン氏自身カトリックであるが、かれに限らずポストリベラルの人々は、従来のニューライト以上にキリスト教的価値観を前面に掲げ、キリスト教の文化や伝統に基づく国づくりを求めている。
デニーン氏に言わせれば、自由主義は人々が拠って立つ文化の基盤を破壊し、国家に依存させる素地をつくりだしてしまうという点で、リベラリズムと大差ない「アンチ文化」の思想である。そして自由主義はリベラリズムとともに、人々に自由を保証すると謳いながら、実際には階級格差を生み出し、その格差を覆い隠してきた。今日では能力主義の名のもとで、エリート主義を正当化しているというのが、デニーン氏の見立てである。
20世紀のリベラリズムが批判されるべきはもちろんのこと、自由主義もまた、米国に害を及ぼしてきたとみなす、デニーン氏のようなポストリベラルの人々のもう一つの特徴は、かれらの右派ポピュリズム的主張から生じる、グローバル企業への明確な敵意である。グローバル企業とそのマネジメントを担う経済エリートたちは多様性やマイノリティーへの配慮を掲げる一方で、信仰心の篤い米国の民衆を蔑ろにしてきたというのが、デニーン氏がこれまで主張してきたことである。まるでかつての左派のような企業批判を反エリート主義の名のもとに行うのがポストリベラルの特徴である。そして、かれらの主導のもと、第3のニューライトたちは市場や経済に対する従来の共和党の向き合い方を根本的に変えつつある。
