2026年2月1日(日)

偉人の愛した一室

2026年2月1日

国内外の要人を魅了した
幕末の高級サロン

 外国との唯一の窓口であった長崎には全国から要人が集まった。その遊興の場所となったのが丸山遊郭であり、この地を代表する遊女屋「引田屋」の別棟、茶屋の扱いで設けられたのが花月楼だった。江戸期を通じて賑わいを見せ、中国人やオランダ人も宴席を繰り広げた。頼山陽はここへの登楼を楽しみに長崎を訪れ、シーボルトが愛した〝お滝さん〟は引田屋お抱えの遊女だった。幕末には岩崎彌太郎がよく通ってきたというのも、出島に自由に出入りできた遊女を通じて、外国の情報を得ていたからとされる。

立派な門をくぐると歴史を感じる玄関で女将さんに迎えられた
玄関にはひときわ目をひく大きな提灯が飾られていた

 長崎一の飲食街、思案橋一帯を通り抜けると「花月」と掲げた重厚な門構えが現れる。格式を感じさせる玄関で、24代目となる女将、中村由紀子さんの出迎えを受ける。

 1階に、日本最初の洋間を設けた「春雨の間」がある。和室との二間続きで、洋間はタイル張りの床に丸テーブルが置かれている。花鳥の描かれた豪華な折り上げ格天井、太い床柱も備わるが、どこか異国風を感じるのは、中国式の窓や灯火のためだろう。和洋中折衷、この地でいう〝和華蘭〟が見事に表現されている。

異国情緒のある「春雨の間」は遊女をウグイスに例えた有名な端唄「春雨」が生まれたことに由来する

 丸テーブルには往時のまま4脚の椅子が置かれていた。総髪の龍馬、金髪のグラバーに丸髷のお慶、3人が額を寄せ合う姿を空想する。ときに、長州の桂小五郎や薩摩の西郷隆盛の姿もあったかもしれない。幕末好きにはたまらないだろう。

現在の花月では朱塗りの円卓を囲み、多彩な大皿料理を取り分ける長崎ならではの卓袱料理がいただける
大広間の床柱にある4度切り込まれた刀傷は坂本龍馬が酒に酔った勢いでつけたものだといわれている

 2階にあるのが45畳の大広間、通称「竜の間」である。龍馬が床柱につけた刀傷が残ることで知られ、龍馬ファンには聖地とも呼べる場所なのだが、かつてはやや趣きが異なっていたようだ。いまも残る舞台の他、周囲に濡れ縁と欄干が回され、花街ならではと感じさせる趣向が用意されていた。さてどんな?

 促されて外に目をやると、深い窪みを隔てた向こうに見事な庭園が設けられ、下をのぞくと、細流が水音をたてている。当時は広間からこの庭へと橋が渡され、宴の途中、酔いざましに庭に出て月をめでる、そんな趣向が用意されているのだ。

2階の大広間の窓からは緑豊かな庭が見え、開放的な気分を味わえる
庭にある松の木。龍馬がこの松にもたれかかっていたのかと思うと感慨深い

 いま、庭には大きな松が植えられている。龍馬が通ったころにも同様の松があったといい、その松にもたれ、妻のお龍が迎えに来るのを待っていた、そんな話も残る。

 龍馬が芸妓の弾く三味線で端唄を口ずさむ姿がドラマなどで描かれるが、元となった史実がある。亀山社中の借り受けていた蒸気船が瀬戸内海で紀州藩の軍艦と衝突、沈没する事件が起こる。紀州との交渉に臨んだ龍馬は、国際法を盾に大国を翻弄し、多額の賠償金をせしめることに成功する。世にいう「いろは丸事件」である。その最中、龍馬は長崎でこんな戯れ唄を流行らせる。

 〝船を沈めたその償いは、金をとらずに国を取る〟

 内外の人々が集まる長崎の街を味方につける巧妙な作戦だった。

 そんな歴史の寵児にも悲劇が待ち受ける。薩長土肥による討幕の動きが進み、一方、徳川慶喜は大政奉還で事態の打開を図る中、龍馬は「船中八策」を建言し、新しい時代での雄飛を夢見た。直後の67(慶応3)年7月、長崎で英国人殺害事件が起こり、海援隊士に掛けられた嫌疑を晴らすため、龍馬は長崎滞在を余儀なくされる。その抗議文の直筆草案が花月に現存するのだが、解決後、京都に戻った龍馬は、近江屋の2階で凶刃に倒れる。享年33。

 暗殺の黒幕は紀州藩用人とする磯田道史氏の説を、私は支持する。長崎は龍馬の人生とは切っても切り離せない場所だった。

窓から庭や印象的な外観を眺めていると龍馬が通っていた時代に舞い込んだような気持ちになる
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Wedge 2026年2月号より
世界を揺さぶるトランプ・パワー
世界を揺さぶるトランプ・パワー

1月3日、トランプ大統領は自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」で、ベネズエラに対する攻撃を成功させ、マドゥロ大統領を拘束したと発信し、世界に衝撃を与えた。自らを「平和の使者」と称していたトランプ氏だが、戦火の口火を切った格好だ。トランプ氏にとっては、犯罪者を拘束するための法執行をしたにすぎないという認識なのだろうが、議会の承認を得ていないほか、国際法に違反しているという指摘もある。 独裁者を追放するという帰結と、そのプロセスは別に考えなければならない。そうでなければ、「力による現状変更を容認しない」という、戦後80年かけて世界が営々と築き上げてきた共通認識を崩したロシアを誰も批判できなくなる。 そもそも、トランプ氏は積み上げられてきた「ポリティカル・コレクトネス」を否定し、ルールを決めるのは自分だと言わんばかりの行動をとってきた。まさに「トランプ・パワー」である。 そんなトランプ氏を大統領に再度選んだ、現在の米国の政治経済、外交、そして思想などをつぶさに見ていくと、我々が知っているかつての米国から大きく変貌していることが分かる。 それでも米国が日本にとって重要な同盟国にあることに変わりはない。米国とどう向き合っていくのか。世界だけではなく、日本こそ問われている。


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