「言論の自由」擁護の影響
トランプ後の対策復活は
なぜ偽情報対策が「検閲」とみなされるのか。実はこの動きは突如生まれたものではない。米国内ではこの数年間、バイデン政権の偽情報対策が共和党から強い反発を受けてきた。共和党側が頻繁に用いるのが「検閲産業複合体」という表現である。政府機関、SNS企業、研究機関、NGO、メディアなどが一体となり、保守系メディアの報道や保守的主張を「偽情報」などとラベリングし、情報空間から排除・抑制している、という批判だ。
バイデン政権時代に、国務省傘下で外国からの偽情報対処の旗振り役であったグローバル・エンゲージメント・センター(GEC)に対し、共和党が活動継続のための再承認案を下院で阻止した経緯もある。第2次トランプ政権発足後から、GECとその後継組織をはじめ、米連邦捜査局(FBI)や国土安全保障省内の関連組織などが解体・制限され、外国による偽情報や情報操作を監視・分析・対処する実行力が事実上失われる事態へと発展した。
政府機関以外にも影響は波及している。SNS大手のメタは、投稿内容の正確性を評価するファクトチェック機能を廃止し、米国利用者から段階的に「コミュニティーノート」(真偽の疑わしい投稿に利用者が注釈を付ける機能)の導入を開始した。偽情報研究を支えてきたシンクタンクや市民社会団体も資金制約に直面し、活動縮小が避けられない。
「言論の自由」は民主主義の根幹である。しかし米国の変化は、偽情報対策が政治争点化する中で、バイデン政権下の官民連携枠組みが保守派に対する言論抑圧だと批判され、共和党側の政治的反発を招いてきた。トランプ政権において、「言論の自由」を擁護するとの旗印の下、実際には共和党にとって有利な情報環境を再構築することとなり、結果として偽情報対策基盤そのものが失われてしまった。
もっとも、トランプ政権が外国の情報活動を全面的に放棄したわけではない。NSSでも、米市民の言論の自由を奪う外国の試みに対抗する方針は明記されている。ただし対象は選別的になるとみられ、中国やイランが中心となる一方、ロシアについては政権内で脅威視しない発言もみられ、従来の位置付けから後退している。この大胆な意思決定の背景には、政権の対ロ姿勢や外交戦略など複合的要因があろう。
この流れがポスト・トランプで回復するかは不透明だ。16年大統領選挙のロシア疑惑を契機に約10年かけて構築された枠組みが解体され、米政府内の知的基盤と対応能力は損なわれた。再建には時間やコストが必要で、政治問題化された対策を再び扱うこと自体、短期的には困難である。偽情報対策をデリケートなものとして扱う潮流は中長期的な現象とみておくべきだ。
国際連携にも影響する。NSSをはじめ、ルビオ国務長官も、EUのデジタルサービス法などを念頭に、同盟国・同志国の偽情報対策を「検閲だ」と厳しく非難している。冒頭述べた通り、日本は政府主導で対策を強化しているが、現時点で米国の主要な批判対象ではない。しかし今後、対策の方向性次第では、日本もEUと同様に〝批判の射程〟に入る可能性はゼロではないことに留意すべきである。日本には米国で起きている政策転換を的確に捉えるための情報収集とアップデートが不可欠である。その上で、米国が許容する活動や政策範囲で日米連携を模索し続ける努力が求められる。豪州、台湾、韓国など地域のキープレイヤーとも連携し、中国によるプロパガンダや国境を越えた抑圧への対処など、米国からの協力を引き出せる領域を見極める必要がある。

