風評は「誰かの利益」になっている
風評とは全てが人災であり、「被害」があるならば、当然その原因となる「風評加害」もある。詳しくは拙著『「正しさ」の商人 情報災害を広める「風評加害者」は誰か』(徳間書店 2022)に記したが、その実態は(1)事実に反したデマの拡散、(2)科学的知見の無視や既に結論の出た議論の蒸し返し、(3)印象操作や不安の扇動による恐意的なアジェンダセッティング、の三類型で整理できる。そしてこれらの「加害」によって誰が利益を得るのかを問えば、この問題の輪郭はより鮮明になる。
ALPS処理水を「汚染水」「核汚染水」と喧伝し続けることで最も利益を得るのは誰か。たとえば日本の原子力技術への不信と忌避感を国内外に広めることで、日本国内の産業を衰退させ、廃炉・エネルギー分野の人材を萎縮させる。火力発電の燃料やソーラーパネルの莫大な輸入で国富の海外流出を促す――。こうした目標を持つ勢力にとって、「汚染水」言説は非常に有効なツールとなってきた。
廃炉は今後も継続的な課題となるが、原発事故から15年経った今や、それを将来的に担う人材の枯渇が深刻な問題として浮かびあがっている。「原子力」が忌避され、専攻とし学ぶ人材があまりにも少ない。
反面、この15年間に、日本の「放射能汚染」「汚染水の海洋放出」を喧伝してきた中国はどう動いてきたか。昨年の報道では、「中国の原発建設急ピッチ、認可含め100基超」「世界一の原発大国と主張」である。
中国の原発からは、福島第一原子力発電所のALPS処理水より遥かに莫大な量のトリチウムが、日常的に日本海に流され続けている。日本産水産物の全面禁輸をしたその秋も、中国漁船は全く変わらず日本近海で秋刀魚漁をしている。
正面から向き合えていない風評対策
ところが、行政の「風評対策」は、「価格が下がった」「物が売れなくなった」といった経済的な結果だけを見て、「人権侵害」の状況を質的・量的ともに詳しく分析・記録してこなかった。風評の原因も原発事故やそれに対する国や東電の対応、ALPS処理水の海洋放出といったものに留め、「風評の温存・拡散こそが利益に繋がる」存在から目を背け続けた。
それらが複合的に作用した結果、(1)県民が何を言われてきたのか、具体的な言動や事例さえ体系的に記録されていない、(2)「風評加害者」像も曖昧なまま、(3)問題が長期化・温存した原因も曖昧なままであるにもかかわらず「正しい情報が不足している」かのような前提を疑わない、(4)「正しい情報」が伝わらない理由も詳細に分析していない、(5)従来の「風評対策」の妥当性すら検証せず同じ方針の一本槍、という状況となった。「風評」が15年以上問題視されてきたにもかかわらず、その詳細は全く検証されていないに等しいとさえ言える。
しかも、この構造的課題は新たに示された訳ではない。既に5年前、『福島原発事故10年検証委員会・民間事故調最終報告書』(21年)でも指摘されていた。
事故調は従来の行政による「風評対策」に対し、「販売促進であっても、風評被害対策ではない」「風評という曖昧な概念を場当たり的に捉え、対策を打ち出してきた」「(従来の正確な情報発信方針は)冷静かつ根気強く対応しようというまっとうな態度のように見えるが、実際には、風評と正面から向き合うこと、差別や偏見を持ち、その解消を阻害しようとする過激な者たちに立ち向かうことを恐れるリスク回避(中略)“事なかれ主義“に他ならない」と断じている。
