2026年3月12日(木)

Wedge REPORT

2026年3月12日

 報告書の後も同様の構図が繰り返されてきた。象徴的な一例を挙げる。

 「風評加害」に正面から立ち向かう地元政治家である渡辺康平福島県議会議員は23年12月20日、一部メディアが海外向け報道で用いた「Fukushima Water」(海外で福島差別のミームとして多用されてきた表現)を問題視し、県の主体的対応を求めた。県側は「正確な情報を発信し続けることが重要。国や東京電力に、正確で分かりやすい情報発信に全力で取り組むよう訴えていく」と回答したが、渡辺県議は「一般論でしか答えていない。処理水を『福島水』とするのは差別的で厳しく申し入れをするべき。どう対応していくのか」と重ねて問うた。

 それでも県は「国や東電による丁寧な説明を求めていく」と繰り返すのみで、議場がざわついた。このやりとりと民間事故調の報告書を読んだ上で、先述した最新版の「風評対策」を読み直すと、いかに歪か理解し易いだろう。(ハフポスト日本 「Fukushima waterは言語道断」福島県議会で県側の姿勢問う質問。煮え切らない答弁に議場ざわつく 相本問太 23年12月20日)

 こうした「事なかれ主義」が最も深刻な害をもたらすのは、最前線で被害を受け続ける一般県民であろう。今やほとんど報じられていないが、ALPS処理水放出の際に国内に殺到した中国の国番号86から始まる嫌がらせ電話は、今も福島の一部に向けられ続けている。

 先の衆議院議員選挙では、かつて「汚染水」と喧伝した候補も複数出馬したが、その発言は争点にさえされなかった。「風評加害」による被害を訴え、説明を求める当事者の声は、15年を経てなお軽んじられ、顧みられないままだ。

被災地の人たちが本当に求めること

 福島の人々が今、震災について「忘れない」「忘れたい」のどちらを望むかは、人それぞれで良いと筆者は考えている。被害のグラデーションが全く異なるし、震災が何であったかがまるで違うからだ。

 だがその問いとは別次元の話として、「風評」の本質は今なお社会にほとんど知られていない。何が行われ、誰が被害を受け、誰が利益を得てきたのか──。その記録と検証こそが、少なからぬ被災地の人々が15年越しに社会に求めていながら、いまだ全く果たされていないものではないだろうか。

 「我々は原発事故によって何を失ったのか」。その問いの答えは、事故直後や福島ばかりに「あった」のではない。むしろ、この15年間に積み重なった構造的影響にこそ、最も深い喪失がある。

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