とまあ、以上は、前田さんが、『古月』の師匠、山中一男氏との共著で、雑誌『圓卓』に連載した“食養生ノート”からの受け売りだ。肝臓を害すれば、ウコンの成分を抽出して飲むというのではなく、中医学では、あくまでもバランスを調節する食べ合わせを重視する。では、これらの関係をつなぎ、調節するものは何かというと、運動や機能を司り、陽に当る気と、以下は陰である血、体液全体を指す水、成長や生殖を司る精だという。同連載には、こう書かれている。
「各臓器の機能である気がその役割を果たすためには、陽(=気 著者注)にたいして、陰が必要になってくる。つまり、『血水精』である。人体を車に例えるならば、『陽』である各臓器の機能は『エンジン』、『陰』である血水精は『ガソリン』『オイル』ということになろうか」
さらに五行は、春、夏、長夏(土用)、秋、冬という季節にも呼応し、これを目安に養生食のメニューが組立られる。
ところが、それらを熟知した上で前田さんは、敢えて言う。
「陰陽五行を持ちだすことで、中医というものが西洋医学と違って科学ではなく、思想的、哲学的なものというイメージを持たれるという側面もあると思うんです。でも僕は、中医はビックデータだと思う。飲んで効いたものは残す、これを4000年、積み重ねてきたりっぱな科学だと」
これには深く共感、指圧や針も同じで壮大な権力と悠久の時をかけた統計学的なデータの集積だと、私も思う。
上野の本店『古月』の山中師匠との運命の出会い
新宿御苑の『古月』は、2007年11月、上野で1990年に開店した薬膳中華『古月』の支店として出発。本店の料理長、山中一男は、独学で中国の薬膳を紐解き始めた人だ。
2011年、前田さんが、当時、日本で3人めだった高級栄養薬膳師の資格は、中華中医薬学会の認証、山中師匠は、その栄養薬膳薬学分会の理事も務める。資格を得るには10年の調理場での経験と2本の論文が必要で、前田さんは貝原益軒の『養生訓』と日本の粗食文化について書いた。
そんな前田さんは、新潟の農家に生まれ、料理上手な祖母や母に育てられ、中学生の頃にはすでに料理人を志向。だが、父親に説得されて進学した。大学では人文科で中国文学を専攻、古典を読む基礎を積んだ。