花見のシーズンだ。十中八九の人が「桜花」を思い浮かべるだろう。でも、春に咲く花は、桜ばかりではない。あなたの家の玄関から駅や勤め先まで歩く道すがら、小さな花見ができる季節。それが春の30分の旅だ。しかもこの花見の旅では、世界を、歴史を巡ることができる。というのも、都会の道端の花の多くは、異国からやってきたからだ。
春一番、最初に路端に咲く花の一つがオオイヌノフグリ。フグリとは、睾丸のことである。可憐な花にひどい名前をつけたのは、かの牧野富太郎博士という俗説がある。が、濡れ衣である。
イヌノフグリという在来種の花があり、その名は江戸時代の本草図譜で確認できる。牧野博士は、近縁種のこの花が明治時代に日本に定着した海外からの帰化植物であることを発見し、オオイヌノフグリ、と命名したのであった。
原産地は欧州。国立博物館のサイトによると、彼の地では「ペルシャの聖人」(フランス)、「小鳥の瞳」(英国)。どう見ても、原産地の名前の方が相応しい可憐な花である。それが「ふぐり」になってしまう。同じ植物の見立てが国によって異なる。そう思うとなかなかおかしい。
春といえば、シロツメクサ。クローバーである。こちらも外来種だ。江戸時代末期の1840年代、長崎の出島にオランダの商船が運んできたギヤマングラスの緩衝材として用いられたために「白い詰め草」の名がついた。その後、明治時代になると牧草として栽培され、全国に広がった。
四つ葉のクローバーは欧州の古い言い伝えで、希少かつ十字架に似ていることなどから、魔除けや幸せの印となったらしい。久しぶりに通勤途中に探すのも一興かもしれない。遅刻にはご用心。
春といえば菜の花。いくつかの種があるが、いずれも異国の地からやってきたという。最も古いのはアブラナで、小麦文化の伝来とともに弥生時代には日本に定着したらしい。以前、3月のパキスタンを訪れた時、乾燥した大地に見渡す限りの菜の花が咲いているのを見たことがある。「あ、ここが故郷なんだ」と得心した。
気候の〝砂漠化〟が進んでいる
このほか、セイヨウタンポポやレンゲなど、春の都会は野生化した外来種の花だらけである。
なぜか。現代日本の都会の環境が、半分砂漠化した外来の気候にそっくりだからである。
モンスーン気候で湿原の多い日本には、日差しが強く乾燥した土地というのは珍しかったが、いまやその環境はコンクリートジャングルの都会そのものだ。そこで生き生きと暮らせるのは、日本の在来植物よりも、たまたまこの国にやってきた異国の花々だった、というわけである。
グローバリゼーションは、深く静かに、植物の世界で、2000年以上前から、ゆっくり進んでいた。そんなグローバルな環境は、世界中どこでも似たような「都会」という名の砂漠で、世界中どこでも同じような花が咲く。
小さいけれどダイナミックな花と都市の歴史。それが、足元の花見なのだ。
