AI汎用化時代の家庭医の役割
こうしてAIと医療についての議論をフォローしてみると、その背景に「AIが汎用化するほど、人間にしかできない高度な判断の価値が上がる」という大きなパラドックスというかパラダイムシフトが見えてこないだろうか。これを私の患者たちのケアに当てはめて、家庭医の役割について振り返ってみたい。
① Y.A.さん、M.A.さん
「AIによる効率化」がもたらした「時間の余裕」で、M.A.さんにもケアのフォーカスを当てることができた。もちろん、近未来のAIは「介護負担の数値化」はもとより、「介護者のうつに注意!」というアラートを出すこともできるだろう。
だが、そうしたAIのサポートは参考にしつつも、M.A.さんの気持ちに寄り添い、彼女が義母Y.A.さんに感謝と敬意の念を抱きつつも「家族の絆の軋み」を感じ恐れ始めていることを聴き出して理解するのは人間である家庭医だ。
家庭医は、Y.A.さんの治療計画に「M.A.さんの休息」を組み込み、地域のケアマネジャーと連携するかもしれない。それは単なる医療行為ではなく、家庭医が提供する「包括的な家族ケア」の一環である。「家族というシステム」がうまく機能して、Y.A.さんのケアが持続可能となるようにマネジメントをすることも、家庭医の仕事である。
② R.S.さん
ここでは「信頼の基盤」が重要である。
AIは、出生前診断のターゲットとそれぞれの検査の意味を理解するための教育ツールは提供してくれる。膨大なリスクのデータも教えてくれる。だが、R.S.さんが生きてきた歴史と価値観を理解した上で、シングルマザーとして彼女がこれから送る毎日の生活感というか『手触り』までは教えてくれない。
AIは最適な「検査・治療ルート」のシミュレーションを提示できても、R.S.さんの「人生の選択」を正当化することはできない。彼女がどんな意思決定をしても、それを尊重し、R.S.さんと産まれてくる子にとっての「真の代理人」としての家庭医が必要である。
家庭医は、AIが導き出す「最適解」を患者が納得できる「納得解」へと変える触媒になるだろう。技術革新が進むほど、誰にも相談できない重荷を背負った患者にとって、共に悩み、不確実性に耐え、意思決定の責任を分かち合う「人間の家庭医」の存在が不可欠になる。
③ K.M.さん、N.M.さん
熟練の機械工であるK.M.さんには「AIによる予測」が武器になった。単なる脅しではなく、客観的なデータを用いて「父親が健康でいることの戦略的価値」を伝えることに成功した。それが、73歳にもなるのにスマートフォンの使い方を覚えてくれて、健康アプリを使うことのインセンティブになったのだ。
「K.M.さん、AIの予測では、今無理を重ねると半年以内にあなたが倒れる可能性が高い。そうなれば、N.M.さんを守る人がいなくなってしまいます」
並行して、家庭医のネットワークを使って、ソーシャルワーカー(社会福祉士)と連携して地域の発達障害支援センターや障害者就労支援センターなどへの紹介ができたことも、やがてN.M.さんにやってくる自立への促しとK.M.さんにとっての安心になるだろう。
ちなみに、近未来ではない現在においては、日本で使用できる健康アプリの質は玉石混交で、保険診療の対象となる(医師の処方に基づいて使用する)ものは、高血圧とニコチン依存症の2つのみである。心血管リスク軽減のための行動変容やメンタルヘルスの非薬物療法など、有益性と費用対効果に優れた健康アプリがあっても、より高額な薬物療法が優先的に保険診療の対象となる傾向があることは残念である。
