2026年5月6日(水)

Wedge REPORT

2026年5月6日

町中の樹木の危険性

 全国の公園など身近な場所で倒木が発生している。特にお花見の人出が多い時期にサクラの倒木が多数発生して、マスコミに取り上げられた。

 都市公園にある樹木は、市民にとってどのような存在なのだろうか。長年森林・林業に携わった筆者にとって、樹木は植えた途端に成長をはじめ、年々価値を増していく、他に類例を見ない公共財だと思っていた。道路やダム、上下水道など完成したあと年々劣化していくのと大違いである。しかし、その後幾星霜、都市内で大木化した樹木を見るにつけ、その取扱いの困難性を思うと、ため息の出る毎日である。

 都会にある緑の大木は、無機質な建物が多い中で、癒しの存在である。サクラともなれば、開花の見事さに心躍らされる。反面、倒木・枝折れの危険性はもとより、大量の落葉の散布にも困ったものである。これらの樹木とうまく付き合っていくには、まず彼らを生物として認識する必要があるだろう。

 公園には様々な施設がある。園路、広場、休憩所、ベンチ、トイレ、ブランコなどの遊戯施設と様々であるが、多く植栽された樹木もこれらと同様の施設として見てはいないだろうか。もちろん樹木も公園管理上は施設の1つではあるが、通常の人工の施設と違って、生きていて成長するものであり、最後には枯死するものなのだ。

 これが普段から森林に入っている人には、枯死・倒木はよく見られ、輪廻転生として実感できる。しかし、公園・緑地で見る樹木は管理されていて、枯死木や倒木はすぐに処理されてしまって目につかない。いつもスナップ写真のように切り取られて永遠に固定化されたイメージとなる。そうなると彼らがやがて枯死を迎える生物であることなど、想像できなくなってしまう。

 私たちは都市において、安全で快適な生活を享受している。それは都市のほとんどが人工物からできているからだ。さらに、人工物に潤いを与え、そのグレードをさらにアップさせるためには、生物の存在が欠かせない。

 庭園の植物には、蝶や鳥も集い、それなりの生態系を発揮する。しかし、そのような自然由来のものを完全に人間のコントロール下に置くことは実際には不可能なのである。

倒木の実態

 森林の中では、倒木は普通に起きている。そんな場所でずっと仕事をしたり、あるいは遊んでいるのは、いつも危険と隣り合わせの行為だったのだ。

 林業は、労働災害の多い危険な職種である。中でも木を伐り倒す伐倒作業での事故が多い。根元をチェーンソーで切って倒すのだが、倒す方向が狂ったり、木が跳ねたり、別の木に当たって破片が飛んできたり、予想外の事態を招くのだ。

 しかし、自然に起きた倒木の下敷きになったという事故は、筆者はたった1度しか聞いたことがない。それは森林調査(樹木の直径や高さを測定する調査)で移動歩行中の女性が、倒れてきた樹木の下敷きになって亡くなったというもので、これほど運の悪い事故はないと驚いた。だから記憶していたのである。

 樹木が倒れる時には、一般的には何らかの予兆があり、「メリメリ」といった木が裂ける音がするもので、それらを感知すればすぐに身を翻して避けることができるはずである。事故の際は音もなく視界の外、たぶん背後から倒れてきたのだろう。広い森林の中で、樹木が倒れる確率と人がその地点を通る確率を乗じた限りなく0に近い確率のもとで発生した、誠に不運な事故である。

 2024年9月に東京都日野市の緑地内の歩道でイチョウの枝が折れて落下し、下敷きになった男性が亡くなった。ついに起きたかと思った。

 この事故を受けて、国土交通省が全国の公園や道路で起きた樹木の倒木、枝の落下による事故について調査した結果、人的、物的被害は、21年4月~24年11月の3年半に計1732件あった。人的被害のうち、軽傷が101件、全治30日以上が8件、死亡が日野市の1件だった。


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