なぜガザを含めたのか――パレスチナ自治政府の思惑
今回、パレスチナ自治政府がヨルダン川西岸だけでなくガザ地区も選挙対象に含めた背景には、今後の政治的な生き残りを懸けた思惑が垣間見える。現在、国際社会においては、戦後のガザにおける統治を監督する暫定的な枠組みとして、ドナルド・トランプ米大統領が議長を務める「平和評議会」が設立されている。
しかし、この評議会における意思決定の主導権は米国や主要アラブ諸国が握っており、実務を担う「ガザ行政国家委員会」などの組織にも、パレスチナ自治政府は直接関与していない。形式上、パレスチナ自治政府は将来の統治主体として否定はされていないものの、現在のガザ統治構想の核心的な協議からは組織改革の未完了などを理由に、実質的なオブザーバーに近い立場に置かれ、事実上除外されているのが実態である。
パレスチナ自治政府のムハンマド・ムスタファ首相は今回の選挙を「完全な独立への道における新たな一歩」と評価、「民主的な生活を強化し、最終的に土地の統一を達成することを目指す、より広範な国家的プロセスにおける重要な第一歩」であると述べ、存在意義を主張した。
しかし、この主張は厳しい批判に晒されている。アルジャジーラの討論番組に出演した活動家のジャラル・アブ・ハテル氏は、パレスチナ自治政府が占領下のパレスチナ人を代表する正当性を欠いていると指摘した。その上で「過去2年間にわたり西岸地区全域でかつてないほどの入植があり、自治政府はその脅威に対して不在であったように感じられる。にも関わらず、なぜこの地方自治体のプロセスが自らの成功の証であると主張しているのか」と疑問を呈した。また、政治学者でパレスチナ解放機構(PLO)の元顧問ハビエル・アブ・エイド氏も、「これらの選挙を文脈から外して考えてはいけない」と述べ、局地的な選挙の実施をもってパレスチナ人を代表しているとは言えないと指摘している。
ガザ市民の生活と選挙の乖離 「炊き出しの列の方が尊い」
荒廃したガザの地において、インフラを再建する権限も資金もない地方議会を選ぶ意義が見出せないという現実もある。ガザ市民の間からは、最低限の暮らしを求める切実な思いと選挙との乖離を嘆く声がSNS上にも溢れ出している。
「炊き出しの列の方が、投票箱に向かう列よりも清らかで、尊く、誇り高い」
「私たちは戦争で疲れ果てている。選挙なんていらない、平和に生きたいだけだ。嘘のスローガンや偽りの約束なんて求めていない。私たちはただ食べたいんだ、テントが欲しいんだ」
市民が求めているのは政治的な理念ではなく生き延びるための基本的な暮らしの再建であり、子供に与える缶詰ではない栄養ある食料、そして雨漏りしないテントなのだ。
こうした極限状態に置かれたガザ市民らからは、政治に対する諦めの声も聞かれる。あるガザ市民は「配給があると言っておびき寄せて、受け取りに来たところでリストを選んでくれと言えばよかったんだ。誰かが投票すれば100シェケル出すと言えば、皆、真っ先に並ぶだろうに」と、支援物資や金銭と引き換えに票を求めれば良かったと皮肉を込めて吐露する。投票所までのわずかな移動費すら捻出できない現実も、選挙がいかに現状と乖離しているかを示している。
「移動に1シェケルかかるだけでも行くのは困難だろう。交通費すら工面できない人々にどうやって投票に行けなどと言えるんだ」という嘆きは、日々の生活すらままならない現実の表れだ。
後編では、既存政党への怒りやファタハ内部から噴出し始めた批判、政治的な政策論争からガザにおける部族間の力学の様相を見せた選挙の実態とともに、ガザ市民らが打ち明ける現状への本音に迫る。
