2026年3月23日付フォーリン・ポリシーは、10 年後の世界は全く異なった姿となっているであろうと指摘するハル・ブランズ教授による論説を掲載している。
イタリアの哲学者アントニオ・グラムシは、1930 年に「旧い世界は死にゆき、新しい世界はまだ姿を現わしてはいない」と述べた。今日に当てはめると、「旧い世界」とは、米国が第二次世界大戦後に築き、冷戦勝利後にグローバルに押し広げた国際秩序のことである。
10年後、世界は全く異なった姿となっているだろうが、その姿はまだ分からない。第一の可能性は、冷戦時にも似た「二つの世界」シナリオである。このシナリオでは、世界は、米国と中国がそれぞれ率いる二つのブロックに分割されることとなる。第二の可能性は、世界が二つに分けられるのではなく、いくつかの強国が地域的な勢力圏を獲得する「いくつもの帝国」である。第三の可能性は「自分の身は自分で守る」世界で、世界は無政府的な混沌とした状況になろう。
この第一のシナリオでは、一方に中国が率いるブロックが存在する。ユーラシア大陸の攻撃的な権威主義国家に加え、キューバ、パキスタン、グローバル・サウスのかなりの国がそれに加わる。もう一方は、米国が率いるブロックであり、ユーラシア大陸の周辺に位置する民主主義の同盟国がそれに加わる。インド、サウジアラビア、ブラジル、インドネシアは、選択的に連携する「スウィング国」となる。地政学的分断に位置するウクライナ、台湾、南シナ海が最も危険な場所となる。
第二のシナリオは、世界は、いくつかの、より小さな地域圏に分かれるというものである。米国は、ホノルルから、ヌーク(グリーンランド最大の都市)、北極、アルゼンチンに至る西半球の帝国への戦略的閉じこもりに再度向かう。米国が大洋を越えて負う重責を放棄する一方、中国は東南アジアから北東アジアにかけての三日月型の地域で優越的地位を得る。ロシアは流血を伴いながら、旧ソ連の地域と東ヨーロッパの一部の地域への支配を強める。
本年の世界経済フォーラム「ダボス会議」において、カナダのカーニー首相はミドル・パワーの役割に期待を寄せた。一方、これは、古い夢に過ぎない。
1970年代以来、世界は、支配者(ruler)なしに規範(rules)が維持されるのかを問うてきたが、それは幻想であった。秩序というものは、最も強大な国のコミットメントなしでは維持することはできない。
従って、「二つの世界」でも、「いくつもの帝国」でもないとすれば、第三のシナリオとして、無政府状態の混乱となる可能性が大である。このシナリオでは、米国は、侵略的な領土拡張を行ったり、弱小国を力で威圧したりするような、野蛮で、規範を破壊する国となる。米国のそうした行動により、三つの超大国はいずれも、強欲で、略奪的な現状変更勢力となる。その他の国は強い圧力を受ける。「自分の身は自分で守る」という対応とならざるを得ない。
