ロシアは世界第一の小麦輸出国で、大麦といった穀物の輸出量も多い。プーチン大統領には、人道支援を謳いつつも、肥料の安定供給や穀物外交を通じて、グローバルサウスへの影響力強化を狙う思惑がある。
友好国への地位確立
さらに、プーチン政権は、今回の中東危機を、ロシアの地政学的地位を高めるレバレッジとして活用する外交戦略を有していると考えられる。言い換えれば、イラン戦争という「設計されざる好機」を「設計された受益者」へ転換していくという発想だ。
チャタムハウス(英国王立国際問題研究所)の欧州・ロシア・ユーラシア・プログラム・ディレクターのロース氏は、今年3月の論考(“Spectator, beneficiary, player: Russia’s strategy in the Iran war”)にて、ロシアはイラン戦争に軍事的に当事者として巻き込まれることを回避しつつも傍観者でもなく、計算された形で受益者となるよう、したたかに行動していると分析する。
ロシアの代表的なシンクタンクIMEMO(プリマコフ世界経済国際関係研究所)研究員のスーホフ氏の今年4月のコラム(“The Crisis in the Middle East: What Lies Behind Moscow’s Neutrality?”)は、ロシアの積極的な中立外交こそが、イラン戦争にあたっての外交戦略の骨格であると解説している。
ロシアは、伝統的な友好国イラン、イランと対立する湾岸産油国のいずれとも協調関係を有しているため、いずれか一方に肩入れすることなく、さらにはトランプ大統領とのコミュニケーションも保ちつつ、多層なチャネルを維持するバランス外交が最も賢い選択という趣旨だ。
その上で、ロシアとしては、今般の中東危機に乗じ、中国、インド、グローバルサウスとの地政学的関係の一層の強化を狙っている。ロシアは従来、欧州とエネルギーや穀物取引を通じて、経済的には深く結合していたが、ウクライナ侵攻を契機として、欧米経済圏から切り離された状況におかれている。
この過程においてロシアは、中国、インド、東南アジア、アフリカ、ラテンアメリカといった制裁に参加しない国々との紐帯強化に努めてきた。ホルムズ海峡の物流が目詰まりを来たす中、国家存立に不可欠なエネルギー資源や肥料・穀物の安定供給といった、いわば地経学的手法を通じて、「不可欠な供給主体」としての地位を確立しようとしているとみられる。
中国への関係強化も
トランプ大統領は、イランを巡る戦況で一度延期された米中首脳会談を5月14~15日に北京で開催することを公表している。イラン情勢を巡って米中による緊張緩和や事態の沈静化に向けた方策が最重要テーマの一つだ。
それと並行して、プーチン大統領の訪中も調整されており、ロイター等の複数メディアは、米中首脳会談の直後に露中会談が開催される可能性を報じている。プーチン大統領としては、中東危機の最中、米国が中国との関係を管理しようとしたとしても、ロシアと中国の安全保障・経済の両面における最重要パートナーとしての戦略軸に変わりがないことを改めて確認したいところだろう。
突如勃発したイラン戦争に対し、ロシアのこれまでの対応は、総じて周到に計算されたもののようにみえる。
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