他方、日本や欧州諸国などにとって、国際法や国際規範、国際機関は、自国の利益を守るための重要なツールである。「ルールに基づく国際秩序」は単なるお題目ではない。この点が、大国とその他の普通の国との間の構造的なギャップだ。
日本では、「ルールに基づく国際秩序」は米国とともに推進するという大前提が長年にわたって存在してきた。しかし、これは幻想だったのかもしれない。ルールに期待するものが米国と日欧などの間では大きく異なるのが現実だからである。
さらにいえば、自由や人権、民主主義といった、外交における価値の問題への取り組みは、日本が自発的に進めてきたというよりは、それらを重視する米国の意向に合わせたものだったという部分が大きい。日米関係強化のためのツールだったといってもよい。それが今日、真逆の状態に陥った。
そうした価値への言及が、日米の文脈で忽然と消滅したのみならず、トランプ政権の反発を避けるために、それらに触れない方が得策だという状況だ。しかし、日本がそれらの価値を本当に信じるのであれば、対米関係強化のツールとしてではなく、独自に推進するのが本来の姿だろう。
同盟国のネットワークは
米国の財産だった
それでも、第二次世界大戦後の世界で、「ルールに基づく国際秩序」の基礎をつくったのが、他ならぬ米国だった事実は消えない。国際連合やブレトンウッズ体制の成立に奔走したのである。
当時の米国は余裕があったがいまは違うのだろう。ただし、米国の行動は、当然のことながら、利他的な動機だけでは説明できない。制度をつくることは、米国にとっても利益だった。
同盟も同じである。冷戦を戦うにあたって、アジアと欧州の同盟は欠かすことのできない存在であった。同盟国の米国への依存の固定化は、米国が当初意図したものではなかったかもしれないが、繰り返し不満を表明しつつも、それを受け入れてきたのも米国だった。
そして、影響力の維持という利益を享受してきたといえる。50カ国にもおよぶ同盟国のネットワークは、確実に米国の財産だった。
これらを捨て去ろうとしているのがトランプ政権だといえる。世界での影響力を含めた米国の国力が損なわれていることは否定できない。これは、同盟国にとっても利益にならない。
そこで日欧という米国の同盟国に求められるのは、目前のトランプ政権に甘い期待を抱き続けようとしないことである。過度な期待を寄せて幻滅に陥る事態を避ける必要がある。米国に対する脆弱性を少しでも縮小し、トランプが弱みに付け入りにくくするということでもある。

