一時的な緩和にしかならない休職診断書
カール・マルクスが宗教を「民衆の阿片」と呼んだ時、彼が問題にしたのは、一時的な苦痛の緩和が、現実逃避へと誘い、結果として社会構造の変革や、生活再建の努力を停止させる点であった。
「休職診断書」は、それに先立って「あなたは悪くない」、「今は休めばいい」、「自分を大切に」という、「いやしの言葉」が添えられている。「傷病手当金がもらえます」という経済的補償も伝えられているかもしれない。
しかし、患者たちは、さらに先のことは知らない。医師も説明していない。社会保険料・住民税は負担しなければならない。
傷病手当金には終わりがある。その頃には、復職が困難となり、退職を余儀なくされよう。履歴書には空白ができて、再就職はいっそう困難となる。正規雇用の道は断たれ、非正規の不安定な立場に落とし込まれるであろう。
こうして貧困のすべり台を落ちていく。しかし、弱者たちは、悲惨な運命が待ち受けているとはつゆほども知らない。
マルクスが宗教について指摘した言葉は、「休職診断書」にもそのまま当てはまる。苦痛の原因から遠ざけ、しかし、長期的には意欲を損なう。それは、幻想のいやしを与え、仕事の過酷さを忘れさせるが、いつの間にか人をして生きる意味を失わせる。
長時間労働、過酷な成果主義、ハラスメント、そこには原因がある。患者の責任ではない。しかし、「休職診断書」は、その事実を隠蔽する。原因を何ひとつ解決しない。ストレスを生み出す組織体質がそこにあるなら、その根本原因にメスを入れれば、事態は変わりえる。
患者をメンタル不調に追い込んだ原因は、確固として存在している。しかし、医師は、その原因に対して合理性をもって対処しようとせず、「休職診断書」という「阿片」によって患者に現実逃避を勧める。甘い言葉に誘われ、休職診断書を受け取った患者は、その後は、運命に翻弄されるだけの従順な存在へと落ちていく。
