非難すべきは休職診断書を求める患者ではない
マルクスが宗教を「民衆の阿片」と呼んだ時、そこに民衆批判の意図はなかった。マルクスは、宗教が圧迫された民衆のため息であることに気づいていた。しかし、同時に、その悲惨な現状を、ただ諦念をもって受容するのでは民衆は救われないこともわかっていた。
必要なのは、隷属の打破であり、人間の解放である。「民衆に幻想の幸福感を与える宗教」は廃棄されなければならない。しかし、そのためには、幻想を必要とせざるをえないような状況をこそ、改革しなければならない。それがマルクスの宗教批判の意図であった。
全員が全員とは言い切れないが、診断書を求める患者は、気の毒である。医師が軽率に診断書を書く悪しき慣行は廃棄されなければならない。そのためには、患者が休職診断書を求めざるをえないような現状こそ、変革していかなければならない。
悲しいかな、立場の弱い人ほど、社会の矛盾の犠牲になる。制度、労働市場、社会保障、キャリアパスなどについての理解が不十分なほど、「とりあえず休職」、「とりあえず退職」、「とりあえず非正規」へと誘導される。
診断書に過剰な権限を与えない
真の解決は、診断書を書く医師たちに対し、その発言権を弱めることから始まる。彼らの失敗は、「100%治るまで戻さない」方針にあった。
経済協力開発機構(OECD)は、すでに10年以上も前から、雇用と福祉を統合した早期関与こそが必要であり、医療の過剰な介入は有害だと指摘している(『健全な心、健全な仕事:メンタルヘルスと仕事におけるエビデンスから実践へ』。Fit mind, fit job: From evidence to practice in mental health and work, 2015)。医学的介入が許されるのは、「働く能力を失わせない限りにおいて」という条件付きである。
メンタルクリニック医師たちの「善意」は、「過ぎたるはなお及ばざるが如し」である。休職診断書は、端的にいって、産業界にとって「いい迷惑」である。
