しかし、トランプ政権の当局者は「制裁の解除などにはイランの行動の変容が不可欠だ。テロ組織を支援するような行動を続けていては、制裁は解除されない。米国が譲歩したと受け取るべきではない」とイラン側をけん制している。
ホルムズ海峡の開放をめぐっても対立は解消されていない。覚書ではイランが30日以内に元の状態に戻すとされ、船舶の航行も始まった。トランプ大統領は「完全に開放されている」と主張したが、イランは60日間を過ぎた後はオマーンと共同で「サービス料を徴収する」構え。ガリバフ議長とアラグチ外相はスイスからの帰途、オマーンに立ち寄って協議した。
この点については覚書の5項目で「イランはホルムズ海峡の管理やサービスを決めるためにオマーンと協議する」としっかり記してあり、米側も「60日間後のサービス料徴収」をイランが主張していることは十分認識していた。ただし、「国際法に則って他の湾岸諸国と話し合いながら」との条件が付いており、あいまいさが残ったまま。海峡開放を急ぐ米側が譲歩したと受け取られよう。
大統領はスイス協議開始の直前、レバノンでの戦争再開に怒ったイランが海峡を再封鎖したのに対し、「ぶっ潰してやる」「封鎖すればお前たちの国はなくなる」などと罵った。これにイラン側が反発、協議が遅れる一幕があった。
大統領はかねてより「協議がうまくいけば私の手柄。失敗すればバンスのせい」とジョーク交じりに身勝手な“本音”を語っていたが、バンス氏にしてみれば「後ろから鉄砲玉が飛んできた」心境だろう。同氏にとってイラン和平協議は与党共和党が中間選挙で勝利するため、また次期大統領選挙の最有力候補としての評価を固めるためにも絶好の機会だ。しかし、逆に失敗すれば、大統領候補からも滑り落ちる可能性があるリスキーな任務である。
消え去った米の「抑止力」
イラン戦争を振り返ってみれば、米国はイスラエルとともに、イランを約40日間爆撃しても屈服させることはできなかった。イランは最高指導者のハメネイ師をはじめ、政府や軍の指導者約40人が殺害されても猛攻撃をなんとか「吸収」し、最高指導者や革命防衛隊の指導者らを世代交代させて乗り切った。
