理想的な社会の姿
今後、こうした家庭内暴力の問題に対して、社会はどのように変化していくべきなのだろうか。
「現在はまだ暴力に対する社会全体の認識が低いため、今回のような逮捕劇という『ショック療法』が必要な過渡期にあります。しかし、暴力は絶対に容認されないという機運がさらに高まれば、対応はもっとスムーズになるはずです」
アメリカのように、誰もが堂々と虐待を通報し、社会全体で止める風土が理想だと吉祥氏は語る。
「将来的には、風邪をひいて病院へ行くかのように、『ちょっと子どもに怒鳴りすぎてしまったから、プログラムに行ってくるわ』と、誰もが気軽に更生機関を利用できる社会になってほしいと思います。そのためには、警察が通報を受けて臨場した際、父親の逮捕と同時に子どもや母親のケア、さらには加害者を適切なプログラムへとシームレスに繋ぐ連携体制の構築が望まれます」
企業や組織が向き合うべき構造的課題
加害者プログラムの現場から見えてくる現実は、企業経営者や人事担当者にとっても決して他人事ではない。
まず、組織や社会で活躍し成果を上げている人ほど、無自覚に加害者性を身につけやすいという構造的な問題がある。高い社会的地位や経済力を持つことで生じる特権意識は、家庭内だけでなく、組織内でのハラスメントや支配的な言動へと直結するリスクをはらんでいる。有能とされる人材ほど、自身の言動が他者に与えるダメージに盲目になりやすい。
また、一度の暴発やハラスメントの発覚によって、その人物を社会的に抹殺し断罪するだけで終わる社会は、誰にとっても幸福ではない。処罰による排除は一見明快な解決策に見えるが、問題の根本にある価値観の変容には繋がらない。失敗が許されず、一度の躓きで全てを失う環境は、結果として組織内での問題の隠蔽を助長する。
さらに、こうした暴力を未然に防ぎ、あるいは起きてしまった後に更生を促すための抑止・モニタリングシステムが、現在の日本社会や多くの企業組織には圧倒的に不足している。この現状を変えていくためには、社会的な影響力を持つ経済界の参画が不可欠である。
企業がコンプライアンスの一環として、ハラスメントや暴力を起こした社員に対して単なる解雇や左遷という処分を下すだけでなく、加害者プログラムへの受講を義務付け、その変化をモニタリングする仕組みを導入することが求められる。労働環境における健全なコミュニケーションを守るためにも、経済界が先導して更生と予防のシステムを構築していく時期に来ている。
一人の断罪で終わらせず、暴力の背景を問い直す機会に
最後に、この記事を読んでいる読者へのメッセージを求めた。
「今回の事件がこれほど大きな反響を呼んだのは、多くの人が『家族と暴力』という問題を自分事として捉えている証拠だと思います。家族を守ろうという主観的な意識があったとしても、暴力という手段を選んだ以上、その行為の本質は厳しく問われなければなりません」
しかし、暴力を振るった人を悪人として断罪して終わらせてしまえば、「なぜそれが起きたのか」「どうすれば防げたのか」という本質を見失うと警告する。
「逮捕や介入の衝撃を、自分の生き方を見直す『入口』に変えることは十分に可能です。最優先されるべきはどこまでも被害者の安全ですが、その結果として加害者自身が新しい価値観を学び、暴力に頼らない生き方を身につけることは、社会全体にとっても大きな利益となります。誰か一人を叩いて終わるのではなく、『なぜ暴力以外のコミュニケーションを選べなかったのか』『私たちの社会は何を教えてきたのか』を、一人ひとりが深く考える機会にしてほしいと願っています」
