2026年6月28日(日)

偉人の愛した一室

2026年6月28日

松永の人柄を表す
3つの建物

 ともかく大きい。平屋建てに茅葺きの大屋根が乗り、農家というより大寺の庫裏を思わせる。持ち主は酒造業もかねた大地主で、秩父一揆の際、暴徒がこの屋敷で酒を振舞われて押し留められたとか。松永自身、韮山の江川太郎左衛門邸にも勝ると自慢した。

梁が頭上を覆う豪壮な土間。戦時中、身を寄せた人々を迎え入れた松永の豪放な人柄まで伝わってくる

 さらに驚かされるのは土間である。30坪という広さに加えて、高さ13メートルを超える吹き抜けの天井には二重の梁が縦横に張り巡らされて大屋根を支える。上り框は高さが50センチ・メートルほどもあろうか、下には引き出しがついたなんとも豪壮な造りだ。

土間の2階から太い梁を見ることができる。その迫力に圧倒されるとともに、往時の移築技術の高さに思いを馳せる
貴重な茅葺き屋根を保存するため、8月を除く毎月第2木曜日には、土間でかまどの火焚きが行われている

 土間を上がると居間が三間続き、南に面した12畳半、縁のつく広間を松永は好んだ。戦時中、物資が不足しがちになると、親族や知人、文化人らが松永を頼って疎開してきた。哲学の谷川徹三、歴史学の桑田忠親、建築学の堀口捨己らが集い、松永はこの部屋に屏風を立て、能面を掛けてもてなした。ここには茶の湯用の大炉が切られており、碩学相手に茶の湯談義に興じたという。

土間から見る黄林閣の三間続きの居間。天井が高く広く感じる

 改めて建物の正面に廻り、式台付きの玄関から入る。奥へ向けて三間続き、その左手側には客を迎える二間が設けてある。右手側の居間を含めて座敷が9部屋に分けられ、用途に応じてそれぞれ意匠が違っているのだが、天井が高くもち上げられており、さらに、座敷全体を囲むように廊下が巡らされていることもあって、御殿建築のようにも感じられる。財力にふさわしい費用がかけられたが、けっして華美ではなく、むしろ質実剛健な印象を残している。

 財界人として名をなし、還暦を迎えた松永は、茶の湯の世界に足を踏み入れる。指南したのは近代を代表する二人の茶人、益田鈍翁と原三渓だった。片や三井財閥の大番頭として、一方は横浜を代表する生糸の貿易商として、世に知られた名士でもあった。鈍翁は、お茶をやらないと財界人とはいえない、そう松永をけしかけたとされるが、腹にあったのは松永の財力、そして豪放磊落さだったろうと、管理に携わる針生清美さんは話す。

 「負けず嫌いの松永に火がつきます。根っからの勉強家でもありましたから、あっという間にお茶の世界に通じました」

敷地の奥にひっそりと佇む茶室・久木庵では実業家ではなく茶人・文化人としての耳庵を感じられる

 3年待たずに建てられたのが、離れ「斜月亭」と茶室「久木庵」である。斜月亭は上の間、次の間、縁座敷で構成され、数寄屋風書院造りを基本としつつ、欄間障子などに独自の工夫が凝らされている。東大寺や当麻寺の古材が用られた。

 その奥に続くのが2畳台目の折り目正しい茶室に4畳の水屋がつく久木庵である。江戸初期、越後の武家茶人が京に作った茶室の解体部材が鎌倉にあり、それを移築した。中柱や土壁が寂びた趣きを放ち、天窓から差し込む光を受けて古色蒼然たる美しさを見せる。茶庭も作られた。

主屋の「黄林閣」、書院造りの「斜月亭」、茶室の「久木庵」は渡り廊下でつながっている

 豪農屋敷の威容、粋な数寄屋風書院、そして寂びを極めた茶室、3つの世界が凝った渡り廊下で結ばれ、それらを庭園や武蔵野の木々が包み込む日本伝統の美の世界。耳庵と称した松永は、鈍翁や三溪をここに迎え、さて、どんな気分だったろうか。

 戦争が激しさを増し、電力事業が国策会社に統合されると、松永は身を引き、この地で茶の湯三昧の日々を過ごした。戦後、吉田茂に請われて復帰し、9電力体制の構築を主導した。一方、戦後間もなく小田原に居を移すと、家屋敷から茶道具まですべてを東京国立博物館に寄贈している。その恬淡さもまた、この山荘に格別の風趣を添えている。

中華民国初期の官僚・詩人であり、後に満州国の初代国務総理を務めた鄭孝胥が贈った扁額が飾られている
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Wedge 2026年7月号より
エネルギー依存国家・日本 持たざる「弱み」を「力」に変えよ
エネルギー依存国家・日本 持たざる「弱み」を「力」に変えよ

ホルムズ海峡の事実上の封鎖により、世界のエネルギー情勢に激震が走った。日本はこれまで気候変動対策や脱炭素をより重視する姿勢を貫いてきた。しかし、従来の「前提」を根底から見直す局面に立たされている。また、各地で原発の再稼働が進みつつあるが、「核燃料サイクル」実現を進めていくうえで、課題は山積している。だが、思考停止に陥ってしまえばこの現状を打破することはできない。今こそ、日本は「ひよわな花」であることを自覚し、持たざる「弱み」を「力」に変えていく時だ。

 


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