生活習慣と慢性疾患との関係は、広範な領域で研究されている。たとえば、睡眠不足については、インシュリン抵抗性、慢性炎症、認知機能低下、抑うつ、心血管リスクとの関連が、詳細なレベルまで研究され、膨大なデータが蓄積されている。
これらをもとに、医師が「睡眠を確保した方がよい」と言うのは、良質の睡眠自体に抗炎症効果があるからである。「夜更かししている人間は、たるんでいる!」と言っているわけではない。
生活習慣改善の意義を説くのは必要
結局のところ、自己責任論批判は、それが過度になれば、予防医学を否定し、健康教育を妨害し、いかなる公衆衛生介入も許容しない。その当然の帰結は、個人の行動変容の可能性を否定することであり、不健康から疾患発症を経て早期死亡へと至る道を、ひとつの宿命として捉えることになる。
このような宿命論に対し、実際に、いかなる抵抗もないままに屈するのは情報弱者たちである。彼らこそ、喫煙、睡眠不足、栄養不足、アルコール依存、運動不足の犠牲になる。
精神障害者、知的障害者の平均寿命は、一般人口と比較して(データにもよるが)8~20年も短いとされている。この人たちは、セルフケア能力が低いため、生活習慣による疾病リスクに無警戒である。まさにこれらの健康弱者を守るためにこそ、生活習慣改善の意義を説いていかねばならかったはずである。
逆に言えば、過剰な自己責任論批判は、不健康の奨励と混同され、情報弱者を早期死亡へといざなうことになる。
医療の社会的責任
今後、呼び名としての「生活習慣病」は消えるであろう。しかし、データは残る。睡眠不足は心血管リスクを上げ、喫煙は肺がんリスクを上げ、運動不足は糖尿病リスクを上げ、アルコール依存は肝障害をもたらす。これらの事実に変わりはない。
公衆衛生と地域医療に関わる者は、今後も健康な生活習慣を説くべきである。医師法第1条は、医師に対して健康のメッセンジャーとして生きることを命じている。それは医師だけでなく、すべての医療人の務めである。
看護師であれ、薬剤師であれ、他の医療従事者であれ、患者に対して、時にあえて諫めることもまた、いとうべきではない。そこにこそ、医療の社会的責任があるはずである。
