だからこそ、水野さんは「規則」ではなく、「自由と規律」「自由と自己責任」が大切であると強調する。
「自由には自己責任が伴います。自由に行動するということは、その結果を自分で引き受けるということ。主体性と自己責任は表裏一体です。失敗した時には自分の問題として受け止める。その覚悟がなければ本当の自由はありません。しかし、規則やコンプライアンスで人を縛りすぎると、行動する前に『これをやってはいけないのではないか』と考えるようになる。すると、行動が制限され、思い切りが失われます」
選手を〝型〟にはめるなと指摘する水野さんだが、自らの〝型〟を持つことは極めて重要だとも言う。
「初めは教えられた〝型〟を守る。基本とは、それまで長い間蓄積された優れたノウハウであり、正しく身につけなければなりません。基本の習得に理屈は不要です。基本を無意識にできるようになるまで続ける。その上で相手に集中する。武道でいう〝型〟も同じで、型をすべて身につけたら自在に使う。つまり、究極的は〝自由〟になれということ。自由とは与えられるものではない。自らが己から自由になった時、選手は〝無心〟になり、『失敗したらどうしよう』『負けたらどうしよう』という自身を縛る考えから解放され、動きも行動も早く、強くなるのです」
逆説的だが、自分を捨ててこそ、自分自身から自由になり、本当の自分になれるのかもしれない。
「ベストは尽くすものではなく、超えるもの」──。
これも、〝水野語録〟の一つだ。
勝つことを追求──
その中で生まれるもの
水野さんの言葉や思いは、スポーツのみならず、企業経営やあらゆる組織運営にも当てはまる面が多いと感じる。
「言われたことしかやらない、やれない人間は、これからの時代、『それならロボットで良い』という話になる可能性があります。だからこそ、自律的に考え、動ける選手が必要であるし、そうした選手を育てられる指導者の役割はますます重要になってゆくことでしょう」
そして、水野さんは指導者が持つべき覚悟について、こう言った。
「指導者は選手に迎合してはいけません。嫌われることも、面倒なこともある。それでも、本当に育てるためには必要なことをやらせ、できるまで向き合わせる覚悟が必要です。たとえ1人のために100人が1時間付き合うようになっても、その選手ができるようになれば、チームとしてできることが1つ増える。これを100日続ければ、できることが100種類増える。それがチームを強くするということなのです。
また、スポーツは勝ち負けだけではありません。しかし、勝つことを真剣に追求する過程で自分と向き合い、変化した自分は、一生の財産になる。スポーツの教育的価値はこうした点にあるのです」
水野さんが見据えるのは、極端な精神論でも根性論でも理論だけでもない。あるのは、勝利に向けた極めて冷静な戦略思考とバランス感覚だ。御年86歳の名将に、「妥協」という二文字はないのであろう。
