2026年9月4日(金)

家庭医の日常

2026年9月4日

 以上のように冷却の方法は種々あるが、氷水に全身を浸すことを除き、それらの優劣を検証した質の高い臨床研究は乏しい。ただ、災害直後の避難所で大量の氷と水を用意することは困難なので、避難所で他にあるものを動員して工夫しなければならない。これについても平時から何が使えるか検討しておく必要がある。

 なお、日本での熱中症の診療では意識状態や症状に基づく重症度分類を採用しており、海外で必須となっている直腸温での深部体温モニターの導入は遅れている。文化的な躊躇もあるが、今後の体温計の革新によって診療ガイドラインも変わっていくだろう。

避難所での心のケア

 大地震後の避難と猛暑では、熱中症という差し迫った命の危険だけでなく、心的外傷がもたらす、忍び寄るような長期的な心身の不調についても注意を払う必要がある。

 心的外傷後ストレス障害(PTSD)についてはよく耳にするようになったが、急性ストレス障害(ASD)はまだそれほどでない。臨床的な区別は、あくまで「時間的経過」に基づいている。

 ASDと診断されるのは、心的外傷を受けた直後の、極めて混乱した最初の4週間である。ASDを早期に特定する最大の目的は、重度の急性ストレス反応をいち早く察知し、迅速に介入して、その後のPTSDへの進行を食い止めることにある。

 だからこそ、避難所では、人に優しく寄り添いながらも、ちょっとした行動の変化を見逃さないよう警戒することが必要だ。

 怖い記憶が急に蘇ったり、悪夢を見たり、自分がどこにいるかわからずぼーっとした状態になったり、あるいは地震を思い出すような話題を極端に避けたりすることも重要なサインである。これらに早く気づいて専門的な支援につなげることが、回復するための大きな力になる。

 とは言え、避難所のスタッフがすべて精神科医である必要はない。「PC-PTSD-5」のような世界のプライマリ・ヘルス・ケア現場で使われているチェックリストを多職種保健チームが共有し、それを使うことで客観性と確実性の高いトリアージを行うことができる。

 大きな災害の後は、ASDやPTSD以外にも、うつ病や不安障害を発症するリスクが高まる。それについても「PHQ-9」「GAD-7」などスクリーニングに使用できるチェックリストがある。

 詳細は別の機会に譲るが、こうしたメンタルヘルスのスクリーニング手順も一緒に避難所のケアに導入しておくことで、心が折れている被災者を一人も取りこぼさない備えとなる。体温を測ったり熱中症のチェックをしたりするのと同じくらい大切なことだ。

ハブとしての避難所構築

 内閣府(防災担当)のウェブサイト「防災情報のページ」には、避難所の生活環境対策のガイドラインが複数公開されている。しかし、これらは11年3月の東日本大震災を教訓に作成されており、26年熊本地震で必要な高温環境への対処についてはほとんど触れられていない。

 さらに、13年6月に災害対策基本法が改正され、「避難所以外の場所に滞在する被災者についての配慮」が努力義務として規定され、避難所以外の場所に滞在する被災者についても生活環境の整備を図るべきことが位置付けられた。その結果、「場所(避難所)の支援」から「人(避難者等)の支援」への考え方の転換が図られた。

 車中泊でのエコノミークラス症候群予防が周知されたのは良いことだが、この「転換」で避難所のケアがおそろかにされていないだろうか。確かに「見えない被災者」の把握も重要ではあるが、避難所機能の改善も「二刀流」で進めてほしい。

 平時から準備することで、避難所を単なる収容施設としてではなく、いわば緊急時のプライマリ・ヘルス・ケアの拠点(ハブ)のように多機能化させて、そこで多職種保健チームが連携し、そこから地域の駐車場、公園、自宅などへもアウトリーチして、地域全体にケアを提供するシステムが構築できないだろうか。

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