25年5月、大阪府東大阪市に本社を置く工事会社の社員二人が、神奈川県の大型マンションの管理組合の大規模修繕委員会に住民になりすまして「偽名」でもぐり込み、神奈川県警に逮捕された。この会社の社長と社員二人は、他の修繕委員を誤信させて大規模修繕工事の契約を結ぼうとしたと住民らに告発され、26年2月、偽計業務妨害と詐欺未遂の疑いで書類送検された。東大阪の工事会社が「なりすまし」の標的にしたマンションは40件ぐらいあるという。
彼らは、主に二つのルートからマンションに入り込んでいる。
具体的にいうと、狙ったマンションに内部調査のアルバイト募集のチラシを撒き、応募した住民に接触。謝礼を払うのと引き替えに大規模修繕の情報を吸い上げ、潜入担当者が住民の親族に扮して修繕委員会に加わる。これを「チラシ・ルート」と私は呼んでいる。
もう一つは、標的のマンションの住戸を買い、関係者が区分所有者として管理組合の理事会や修繕委員会に入り、議事を導く。この「住戸購入ルート」は、一見、法的に問題はなさそうだが、自らの利益のために工事を受注すれば、多数の住民の利益に反した背任的行為に当たる。
現に千葉県の団地マンションの修繕委員会に、東大阪グループの経営者の一人が住戸購入ルートから入っている。他の住民たちが、それに気づき、本人に意図を問い質し、修繕委員を解任したという。
管理組合の役員は、「なりすまし」を防ぐために身分証明者や住民票で互いに本人確認をしなくてはならない時代に至ったようだ。
では、なぜ、業者の談合・リベートや潜入などが横行するようになったのか。事件の背景を深く掘り下げていくと、マンションの維持管理にかかわる制度設計を等閑視してきた国の「新築至上主義」に行きつく。
新築至上主義から脱し
自治の精神を取り戻す
歴代の政府は、関連産業のすそ野が広い住宅建設を景気浮揚のテコとし、新築を偏重。マンションは「建てっぱなし」で、修繕の制度づくりは遅れる。1962年に公布された区分所有法に修繕の規定はなかった。20年後の82年に建設省(現・国交省)が「中高層共同住宅標準管理規約」を発表し、初めて修繕の概念やルールの公的指針が示された。
大手ゼネコンは、一貫して新築に力を注ぎ、利幅の薄い修繕・改修には関心を示さなかった。修繕分野は、いわば建築の〝裏庭〟だった。そこに隠花植物のように繁茂したのが塗装や防水、とび・土工などが母体の工事会社だ。建設業界で、修繕の施工会社は、本流のゼネコンから爪はじきにされた。新築ではないから「建築業」ではないと見下される。日陰に追いやられ、技術基準も曖昧なまま、様々な業者が参入した。そうした業界内の構造的差別が、談合や潜入を生む温床となっている。
修繕の施工業団体のトップは、胸の奥のつかえをしぼりだすように、「僕らの悲願は、修繕に携わる施工業を(専門工事業、一式工事業ではなく)『改修工事業』と法的にも認めてもらうことなんです」と言った。
首都圏の新築マンションの平均価格は1億円を突破し、庶民には手の出ない高嶺の花となった。東京湾岸のタワーマンションには、海外に拠点を置く富裕層も入っている。
そうした高級マンションも維持管理が滞れば、やがてスラム化への急坂を転がり落ちる。国交省は、〈マンションは私有財産の集合体であり、その管理の主体は、あくまでマンションの区分所有者等で構成される管理組合である〉と告示している。
管理組合は、ほぼ1戸1票の議決権を行使し、みんなでマンションの針路を決める機関だ。身近な民主主義の実践モデルともいえる。住民は、外部の利害関係者に頼る前に、維持管理をわがこととしてとらえなくてはなるまい。〝自治の精神〟を取り戻すところから、マンションの明日がひらかれる。
