懸念される点があるとすれば、NATOの司令官が「敵に戦略的敗北を強いる」ことは目指さず、あくまで攻撃部隊を撃退することに専念すると明言したことかもしれない。これはプーチンに対し、NATOとの戦争を引き起こしても、自身の権力基盤は安泰だと確信させるようなメッセージになりかねないのではないか。プーチンを抑止するとは、侵攻部隊以上のものを失うリスクがあると彼に思い知らせることを意味するはずだ。
司令官は、NATOは「敵のエスカレーションの段階に合わせて対抗できる」と述べた。これは、ロシアによる核兵器使用の可能性に対する重要な警告だ。プーチンは、戦術核兵器の保有が、地上戦においてNATOを「チェックメイト」に追い込む切り札になると期待している。
しかし、今日、最も急がれる措置は、ウクライナでプーチンを食い止めることだ。にもかかわらず、同地域における米国の国益に関するトランプの認識は混乱している。その最新の例と言えるのが、ロシアへの新たなディーゼル燃料の提供や、ウクライナだけが遵守しているエネルギー分野での「停戦」といった動きだ。
NATOの新たな戦略は、トランプ政権は欧州からの米軍撤退を本当に実行するつもりなのかという疑問を抱かせる。さらに大きな問題は、欧州防衛に対するトランプ氏の政治的意志だ。
それでも、新たな戦争の時代を迎えた今、同盟としての欧州防衛の理論を刷新し明確に打ち出すことは、もはや先送りにできない課題である。グリンケウィッチ司令官は、「私が目指しているのは、同盟を構成する10億人の市民に対し『我々がしっかりと守っている』と確信してもらうことだ」と語った。
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「戦略的敗北」を求めない重要性
NATOは2022年6月、ロシアによるウクライナ全面侵攻の数カ月後に開かれたマドリッド首脳会議において、初めてロシアを「同盟の安全保障に対する最も重大かつ直接的な脅威」と規定し、かかる認識に立って新たな「戦略概念」を発表した。本年10月12日、ワルシャワで開かれた国際会議でグリンケウィッチ欧州連合軍最高司令官が公表したNATOの新戦略「勝利の理論(Theory of Victory)」は、この「戦略概念」において示された基本方針を、ウクライナ戦争の教訓をも得て、戦術・作戦レベルで具体化したものである。
その中核にあるのが「拒否的防衛(Defence by Denial)」という考え方だ。ロシア軍による攻撃を抑止すべく、NATOはこれまでもバルト諸国などロシアに近い「東翼」地域に多国籍の「緊急即応部隊」を配置していたが、これは一時的ではあれ領土が占領されることもあり得るとの前提で、何とか踏ん張りながら増援を待つ戦略であった。
しかしこれでは、例えばロシア軍のウクライナへの侵入を許してしまった結果である「ブチャの悲劇」を防ぐことは戦略の中に含まれないことになる。よって、そもそも最初から侵入を許さないために十分な兵力を前方に展開する、というのがこの「新戦略」の核心となる考え方である。
もうひとつ、「新戦略」の柱となるのが、最前線で侵入を完全に拒否したら「深追いしない」ということだ。ワルシャワでの演説でも、グリンケウィッチ司令官は敵側の「戦略的敗北」を求めないとの方針を特に強調している。
