考えてもみれば、このような不均衡ゆえに多少二国間関係が悪く、あるいは双方にコンプレックスが残るとしても、それは必ずしも悪いことではない。互いに意識して知ろうとする努力が続くからである。
しかし、もし日本の側で「嫌中」が高まる余り、中国をめぐる言説が市場を失い、知識が流布しなくなるとすれば、それこそこれまでの中国と同じ罠に陥る。ハードパワーのみならずソフトパワーでも中国が逆転するならば、それは日本にとって何を意味するのか。しかもその可能性は、「新しい中国人」が大量に海外留学し、貪欲に知識や知見を吸収していることからして明らかである。日本への認識についても、激増した在日中国人は彼らなりに日本を知ろうと懸命であり、その成果はネットや書物を通じて中国国内に流布しはじめている。これに対し、日本人の中国離れは大学での中国語選択者や中国関連学科志望学生の激減として現実化しつつある。数十年後、この激変がソフトパワーの不均衡として日本にダメージを与えないためにも、日本人自身が中国・外国を知る努力は倍加して求められているように思う。