科学で斬るスポーツ

2014年9月29日

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 今年の錦織の躍進で、小田さんは、彼のステップに着目する。

 「細かくステップして、つま先立ちしていない。地面の反力をうまく利用した無駄のない動き。目線も水平になり、サーブ、ストロークの安定性につながる。必然的にエネルギー消耗は少なくなる」と指摘する。

 そしてチャンらの新しいコーチ陣の考え方が、「動きの質を高める方向に転換したのではないか」と推測する。つまり、「同じ動きでも、100%の力でするのではなく、80%の力でできるようすることにある」と話す。今回、ジャンプしながら打つ「エアケイ」を多用しなかった一つの理由は体力温存にあるが、そもそもエアケイの必要がないほど正確なショットが打てていたということである。

準優勝の光景は必ず生きる

 日本人で初めてグランドスラム決勝の舞台に立った錦織。残念ながら決勝でのメンタルは、準々決勝のワウリンカ(スイス)を撃破した時のコメント「勝てない相手はいない」から「勝たなければならない」に変わってしまった。

 過去の対戦成績が5勝2敗と優位だったことも災いし、「眠れなかった」というほど大きな期待に押しつぶされた。メンタル面の弱さが頭をもたげた形だが、それより大きかったのは、準決勝のジョコビッチ戦で圧勝したことだ。脳が「終わった」と反応してしまったのではないか。本コラム『脳科学となでしこジャパン』でも触れたが、脳は「ゴールや終わりと思った瞬間、活動をやめてしまう」からだ。

 しかし、これもよい経験になるだろう。何しろ日本人が見たことのない光景なのだから。

 錦織は、島根県松江市で生まれ、11歳の時に、元プロテニス選手の松岡修造さんに才能を見いだされて指導を受けた。13歳で渡米し、米フロリダ州の「ニック・ボロテリー・テニスアカデミー」というテニス養成学校に入学した。この学校は、トッププロのアガシ、クーリエ、女子ではシャラポワらが学んだ。錦織はここで、成長し、2007年にプロに転向し、翌08年に全米オープンに出場し、18歳でベスト16に進出した。将来を嘱望されるホープだった。しかし、その後はベスト16には何度も行くも、2012年の全豪オープンでのベスト8が最高だった。グランドスラム以外では優勝し、着実にランキングを上ってきたが、やはり今年の躍進は、人間的な成長とチャンとの出会いが反応した成果だろう。

 錦織に刺激され、日本男子テニス界は、これまで大きかった欧米との差が縮まるだろう。錦織の米国留学は、ソニー元副社長で、日本テニス協会前会長の盛田正明さんが、私費を投じて設立した「テニス・ファンド」。最初にこのファンドを卒業したのが、錦織だった。「テニスにかける覚悟は最初からすごかった」と関係者は証言する。錦織についで、同じアカデミーを卒業したのが、18歳の西岡良仁(ヨネックス)。今回初めて全米で初戦突破した。17歳の中川直樹(福岡・柳川高)は今大会ジュニアダブルスで優勝している。

 錦織の今後の活躍もさることながら、それに続く若手の活躍からも目が離せない。

  

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